回想:2010/01/08:【淀川堤でのセレモニー】
2012年01月08日
(回想:2010/01/08:【淀川堤でのセレモニー】)
・元旦・2日と、快調な淀川堤散歩のスタートであったが、3日から昨7日まで、1日も休まず出版書籍の拡販作業に没頭していたため、淀川堤から5日間ほど遠ざかってしまった。ブログ友の果敢な高尾山登山に較べれば何てこたぁない散歩が、実行できてない。
・歩き始めて間も無くの所に、『河口から12.4km』の標識が有る。標識は2m四方ほどのコンクリートプレートになっているのだが、昨年の真夏、カンカン照りのプレートの上に、端正なマスクをした若者がいつも横になっていた。髪の毛は伸び放題で、川風に乗って『陰干し雑巾』のような悪臭が漂って来るので、夏草が伸びていても「あいつ、又居るな」と分ったものだ。いつも苦しそうに煩悶している風情だった。
・夏の終わり頃、私の住む棟の、しかも同じ階のベランダ(私の部屋のドアを過ぎて5mほど)から飛び降り自殺が有った。即死だったようだが、関係者の話から例の若者に間違いが無いようだった。あの苦しそうな様子は、すぐ前に聳える7棟もの高層建物から、「飛び降りようかどうか?」の逡巡だったのだろう。未だ30前だったろうに、端正なマスクの若者は儚く、しかも無残に命を散らした。
・「なぜ立ち止まって、声を掛けてやらなかったのだろう?」と今更思う。私の本がもう半年前に出ていれば、煩悶する若者に1冊謹呈し、「こんなに絶体絶命の死地から、この人は何度も生還しているんだ!」と元気付けてやれたとも思う。
・それからの私の淀川堤の散歩は、1つのセレモニーが付き物となった。よく冷えた『伊右衛門』(ペットボトルの茶)を買って、歩き始めてスグの『河口から12.4km』の標識プレートの前で軽く黙祷し、『伊右衛門』を少し撒いてやりながら「楽になったかい?成仏出来たかい?」と声を掛けてやるセレモニーだ。
・先進国中、自殺率が群を抜いて高い日本である。ハリボテの高度経済成長は、バブル崩壊でペチャンコになり、以来20年日本経済は低迷の中に居る。人心の荒廃は、経済の低迷より深刻である。私も友人・知人らの支援で【生還へのフォアボール】が出版出来、いやしくもサブタイトルに『がん患者への応援歌』と記した以上、長生きせねばなるまい。否、「中々死なない」ことこそが、出版した者の責務であろうかと思う次第である。
(現・本日)死んだ青年は、このブログを書いてから一度だけ私の夢枕に立ち、ジッと私を見ていた。笑顔は無く勿論言葉も無かったが、あれ以来2年間全く私の夢路に現われないのは、きっと成仏してくれたのだろう。
・2010年9月8日に、地下鉄のホームを普通歩行していた私だったが、エレベータの扉を開けて待ってくれていた人の親切に応えようと、いきなり大股歩きをしたらガクッと右膝をやってしまった。傷めた右膝を庇って片手松葉杖を使っていたら、今度は左膝もやられ、結局1年4ヶ月も淀川堤を歩いていない。いや、散歩が出来なくなってしまったのだ。(ま、青年は成仏してくれたろうから、いいか?)
・ただ私の健康上、「このままではいけない」と、昨年自転車を買い、実に45年ぶりに自転車に乗った。これまで酔っ払い運転で2度ほど転倒したが幸い無傷で済んで、今は「小坂一也=青春サイクリング」の身である。只我体が大きいので、風が強い日は中々前に進まない。「やっぱ、電動自転車かなぁ?」と次なる夢を見ながら、フラフラと走っている。
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