育児

ランドセルが歩いているような新1年生

2018年04月10日
(ランドセルが歩いているような新1年生)


http://www.sankei.com/west/news/180410/wst1804100058-n1.html


・私は昭和24年(敗戦後4年)の〔ピッカピカの1年生〕である。長兄が11歳上、次兄が8歳上だから、ランドセルは『お下がり』ではなかった。貧しい父が、それでも奔走して三男の私に〔ピッカピカのランドセル〕を与えてくれた。


・敗戦後4年だから、ランドセルではなく〔ズタ袋〕も多い中、私の〔黒いランドセル〕は目立った。たまにランドセルが在っても、豚皮で毛穴がブツブツ空いた〔茶色のランドセル〕も多かった。


・体も大きかったので、私の〔黒いランドセル〕は良く似合っていたと思う。この記事の『天国の父から届いた贈り物』ではなく、私を溺愛してくれた『父からの贈り物』だった。懐かしい。


・産経WEST・[浪速風] から、記事を以下。


・「【ランドセルが歩いているような新1年生 『天国の父から届いた贈り物』思い出した(4月10日)】産経WEST・[浪速風] 2018.4.10 15:05更新」


・「幼いころに父を亡くした少女は、赤いランドセルがほしかった。でも母親に余裕はなく、ねだることはできない。そこで『天国のお父さんへ』と、はがきを出した。しばらくして赤いランドセルが送られてきた。宛先不明で送り返すはずが、郵便局員らがお金を出し合ったのだ。お父さんからの手紙を添えて」


・「▼実話だろうか。朝、集団登校する子供たちを見ながら、この話を思い出した。新1年生の小さな背中からランドセルがはみ出している。何が入っているのだろう。大きくて重たそうだが、足取りは軽い。昔は男の子は黒、女の子は赤が多かったが、最近のランドセルはいろんな色がある」


・「▼明治20年に〔大正天皇〕が学習院に入学されたお祝いに、〔伊藤博文〕が箱形の通学かばんを献上したのが始まりという。軍隊の背嚢(はいのう)が原型で、日本で独自に発展した。おしゃれなバッグとして、訪日外国人客にも人気がある。ランドセルには夢がつまっている。がんばれ1年生」・・・


《GOOGLE画像から、〔ピッカピカの1年生〕》


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育児に熱心な男は出世しない:『島耕作』作者・弘兼憲史氏

2015年01月24日
(育児に熱心な男は出世しない:『島耕作』作者・弘兼憲史氏)

http://news.livedoor.com/topics/detail/9709725/

・自分の成長の「右肩上がり」と、日本の経済復興の「右肩上がり」が、見事にドッキングした昭和17年生の私ら世代(団塊前)からすれば、この『島耕作』作者・弘兼憲史氏の「育児に熱心な男は出世しない」という意見には当然賛同する。


・しっかしま、日本の経済成長も鈍化し、少子高齢化が厳然としている今、「時代も変わったし、どうなのか?」の思いが、「満月を過(よ)ぎる早雲」のように私の心に影を落とす。ただ弘兼憲史氏の意見は正鵠を射ているので、ご紹介だけしておこう。


・ライブドアニュースから、 NEWSポストセブンの記事を以下。

・「【『島耕作』作者・弘兼憲史氏『育児に熱心な男は出世しない』】 NEWSポストセブン 2015年1月24日 7時0分」


・「少子化時代、女性の社会進出が進む時代ゆえか、『男の育児』が礼賛される風潮だ。しかし、漫画家・弘兼憲史氏があえて異議を唱える。以下」


・「昨今、子育てを熱心にやるイクメン会社員がもてはやされています。しかし現実には、仕事のできる人間というのは家庭では必ずしも好かれていないし、逆に家庭的で幸せなパパというのは会社ではそんなに出世しない、という構図があります」


・「仕事ができて出世して、家庭でもイクメンで運動会にも参加して子供に好かれる。それはもちろん理想ですが、現実には難しい。たとえば僕が上司の立場だとして、急遽、重要な案件が発生して緊急会議になるから残ってくれ、と部下に頼んだとします。その返答が『すみません、今日は子供の誕生日なので帰らせてください』だったとしたら、僕はその部下を仕事から外しますね」


・「たとえ子供の誕生日だとしても会社の重要案件となれば、給料をもらっている以上、やっぱり会社を優先すべきです。子供の誕生日、あるいは子供の運動会程度のことで会議をすっぽかすな、とは言いたい」


・「僕自身、子供のときにオヤジが運動会に来てくれたことはなかったし、それで嬉しいかといえば、全くそんなことはない(笑)。『運動会に来い』というのは、実は母親の自己満足ですよ。『よそのお父さんみんな来ているのになんであんた来ないの?』という」


・「なにより問題なのは、多くのパパたちがイクメンになったからといって、イクメンではないけれど仕事に打ち込んでいる父親への、ある種の批判的な意見が当然のように存在する、ということです。本来、どちらが正しい、こうあるべきだという話ではないはずです。※SAPIO2015年2月号」・・・

海洋王国の民が馬鹿民へ

2013年07月10日
(海洋王国の民が馬鹿民へ)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130710-00000528-san-soci

・私の父は「海軍さん」である。11歳と8歳年長の兄ら2人は厳しく鍛錬され、当然「泳ぎの達者」になった。しかし末っ子の私は「金槌」のまんま71歳まで来てしまった。疎開していた折、岡山県の大河:旭川の上流で溺れてから水がトラウマになった末っ子に、「海軍さん」は鍛錬をしなかったのだ。

・しかし昔の親は、「夏に海の塩で体を焼いておけば、風邪をひかない」という言い伝えを真面目に信じ、海水浴だけは毎年連れて行かれた記憶が有る。

・その海水浴も、とうとう日本のクソガキらからは敬遠のようだ。海洋民族のクソガキとしては情無い話だが、1.プールの発達、2.海の汚染、3.安全性など、背景は様々に有るようだ。YHAHOOのhttpから記事を以下。

・「日本の代表的レジャーだった海水浴。しかし、平成に入ってからは『海水浴離れ』が進み、子供の『海嫌い』も増えているとみられる。臨海学校を実施する小中学校も少なく、『近くの海』を知らずに育つ子供が増えそうだ」

・「◆安全が確認されても・・・東京都新宿区の会社員、吉池裕美子さん=仮名=は小学5年生の次男(9)を海水浴に連れて行ったことがない。『『車がないから特別』と思っていたが、次男の学習塾でも『半数が海で泳いだことがない』と聞いて、驚いた』」

・「江東区立小学校の校長は『最近の子供は『ベタベタするから』と海が苦手。ハワイや沖縄には行くが、近くの神奈川・三浦半島には行ったことがないという家庭も多いかもしれない』と話す」

・「日本生産性本部(東京都渋谷区)の『レジャー白書』によると、昭和62、63年の海水浴参加人口は年平均約3200万人を超えていたが、平成22年は1480万人と半減」

・「23年は東京電力福島第1原発事故の影響などもあり、激減。千葉県の海水浴場などは『水質検査で安全が確認され、客足は東日本大震災前に戻りつつある』とするが、減少傾向には変化がない」

・「◆公教育も敬遠・・・公教育でも臨海学校を実施する小中学校は少数だ。宿泊体験は林間でのハイキングや田植え、スキー研修などと多様化。近海での海水浴を未経験のまま、大人になるケースが増えているとみられる」

・「小学校関係者に臨海をしない理由を尋ねてみると、肌が弱い子がいる▽7、8人に1人の職員配置が必要で費用負担が大▽臨海の経験がない教員が増え、指導が難しい-など」

・「遠泳を実施するには専門の水難救助員を雇うなど、手厚い態勢ができる私立や公立でも伝統校などに限られるのが実情だ」

・「『海=楽しい』という経験が減ったためか、『海嫌い』も増えている。日本海事センター(千代田区)が5年前から実施する『海に関する国民意識調査』(昨年6月)では、10代の『海は嫌い』は全体(7・7%)の2・5倍の19・1%に上る」

・「『海水浴と日本人』(中央公論新社)などの著者、日本大の畔柳(くろやなぎ)昭雄教授(海洋建築工学)は『室内など手近な娯楽が多く、海水浴に連れて行かない親が増えた。海は快適だが、クラゲやナマコがいたり、肌がチクチクしたりと不快な面もある。それらも含めて自然を体験してほしい』と危機感を募らせる」

・「■親の影響?自然に違和感を持ちやすい・・・ベネッセ教育情報サイトが6月、小学生を持つ保護者約1400人に『子供は海と山、どちらが好きか?』と聞いたところ、約6割が『海』または『どちらかといえば海』と回答した。

・「海が好きでない理由は、『砂がサンダルに入って気持ちが悪い。潮のにおいも嫌い』『しょっぱいから』など。海好きの中でも『山は虫が多いので苦手』と、子供の自然離れがうかがえる」

・「調査担当者は『子供の意思は親から反映されることが多い。都会育ちの親が増え、普通に暮らしていると『リアルな自然』に違和感を持ちやすい。海には海の、山には山の良さがある。意図的に自然の良い面を知る機会をつくったほうがいい』と話している」・・・

・浮き輪に捉まっていても、私は潮騒と海香(うなか)と波が好きだった。海の家で仮眠する時も、家に帰った夜も、体がフワフワと波間を漂う感覚が好きだった。「海で遊ぶ、波と戯れる、海香を胸いっぱいに吸い込む、潮騒を頭の中に駆け巡らせる」・・・文科省は「海洋国の子供の育成」として通達を出してでも小学校を指導すべきだ。

・懐かしい唱歌:【我は海の子】の1番を。「♪我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ」・・・

「いじめ」改め「校内犯罪」に呼び方を変えろ!

2012年07月26日
(「いじめ」改め「校内犯罪」に呼び方を変えろ!)

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201207260016.html

・この朝日のhttpは、またまた大阪の「いじめ」を報じたものだが、全国の教育委員会も警察も、これまでと違って、毅然とした対応を始めたのが心強い。アタリマエダだと吠えても、これまで教育現場は独立王国のように、警察権力の介入を嫌っていたのだから仕方が無い。自分らの独立王国で対応が出来ないと知った今、速やかに警察と連携すべきである。

・大津事件で、被害者の遺族が刑事告訴して受理された内容は、①暴行、②脅迫、③強要、④器物破損、⑤恐喝、⑥窃盗の6つの罪で加害者へ処罰を求めるものである。これらはいずれも、すでに「いじめ」ではなく、立派な犯罪行為である。

・なのに何故、学校も教育委員会も警察もマスコミも、「いじめ」という言葉を止めないのか?日本の教育機関の荒廃は、来るところまで来ている。(輿石よ、肝に銘じているか?)若し有象無象の集団で決まらないなら、文科省でも国会でもいい、国が音頭を取って「校内犯罪」と表現を改めるべきだろう?先ずは朝日のhttpから。

・「大阪府寝屋川市立中学3年の男子生徒(14)の髪に火をつけたり、殴って鼻の骨を折ったりしたとして、府警は25日、同級生の少年3人(いずれも15)を傷害や暴力行為等処罰法違反の容疑で逮捕したと、発表した。暴行に加わった中学2年の少年2人(いずれも13)も補導し、児童相談所に通告した」

・「5人は『ずっといじめていた。おもしろ半分だった』と話しているという。被害生徒は『(逮捕された)3人に中学1年の時から毎月、数千円を渡していた』と説明しており、府警は日常的にいじめがあったとみている」

・「寝屋川署によると、5人は5月20日未明、寝屋川市内の公園で、口に吸い込んだライターのガスを生徒に向けて噴き出しながら火をつけ、生徒の髪の毛を焼いた疑いがある。1人が火を噴き、2人が生徒の頭を押さえ付け、2人が携帯電話で動画を撮影していた。生徒の縮れた髪を隠そうと、翌日、1人が生徒の髪を切ったという」・・・

・学校側の記者会見では、被害者が1年生の時から分かっていたが、「2年生になってクラス替えをしたから、治まったと思っていた」という、例によって能天気・不感症・無責任なものだった。ターゲットになった被害者に対し、クラス替えしたからもういいだろう?という、学校の先公特有のセンスには、呆れ返ってモノが言えない。

・野田〔どぜう〕のように、「いじめはいけないことだ。被害に遭ったら、すぐ近くの誰か大人に相談して欲しい」なんざ、「校内犯罪」から全くのピンズレである。生徒のアンケートから生徒心理が組み取れないのか?

・子供はみんな、純な気高さ、プライドの高さを持っている。だから情無い話は①先ず身近な両親にも言えない、②何もしてくれない担任にも言えない、③ましてすぐ近くの誰か大人などに、相談できるものでもない。又加害者側は必ず集団で(丸暴と同じだ)、水も漏らさぬ体勢で犯罪を行うのだ。

・だから世の中が「いじめ」と言っている間は、何も解決しない。「校内犯罪」と「犯罪行為である」ことをクソガキ共にすり込み 、大津の告訴状のようにその「校内犯罪」を具体的に明確にすべきだ。①暴行、②脅迫、③強要、④器物破損、⑤恐喝、⑥窃盗だけでなく、⑦自殺強要(③に代る)或いは⑧殺人など、「校内犯罪の範囲」を小学校低学年から徹底的にすり込むべきであろう。

回想:2009/04/28(火) :【怒りで吐き気さえする!】

2012年04月28日
(回想:2009/04/28(火) :【怒りで吐き気さえする!】)

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・大阪市西淀川区の西小学校4年生の悲劇の少女。日常的虐待の末衰弱死させられ、奈良の山に埋められていた。人間とはこんなに鬼畜の行為に及べるものなんだろうか?「大きくなったらケーキ屋さんになりたい」と言っていた無垢な魂は、生まれてわずか9年で消滅させられてしまった。

・悲劇の母親を演じていた鬼母、知性の一欠けらも感じない鬼畜情夫、善悪判断も出来ず遺体を埋めるのを手伝った情夫の友人馬鹿男、その面が放映されるたびに、私は怒りで吐き気さえ催している。

・秋田の鬼母・畠山鈴香も、男に走ってわが娘の存在が邪魔になったと推測されている。こ奴はそのカムフラージュのために隣家の坊やまで手にかけている。今回の大阪も似たような流れだ。情夫の機嫌を取り結ぶために、人前かまわず自らも腹を痛めた少女を叩いていたという。情夫の連れ子である少年の証言では、少女は食事も与えられず何日もベランダで寝起きさせられ、死ぬ直前はもう立つことも出来なかったそうだ。

・「5日に、娘が台所で死んでいたので埋めた」とは鬼母の自供。「6日に、ベランダに出していたら死んでいたので埋めた」とは鬼畜情夫の証言。しかし「死んでいた」んじゃねぇだろ?お前らが虐待を繰り返し、食事も与えず、ベランダで暮らさせて衰弱死させたんだろ?殺したんだろ?

・それにしても今回、橋下徹知事が吠えないのはおかしい。校長の記者会見についてである。あの感性など持ち合わせていない校長の、シャーシャーとした言い訳は何だ!?少女はこの小学校に今年1月に転校したあと、たびたび保健室を訪れ、担任やら保健室の教諭らに「しんどい」と訴えていたというではないか?3月に長期欠席が始まる直前には、大好きだったという体育の授業も休み始めており、明らかにこの小学校が少女の『衰弱の兆候』も、『虐待』を見落としていたに違いない。

・担任は1月15日に少女の顔のあざに気付き、「新しいお父さんに叩かれた」との訴えを聞きながら、『児童相談所への通告』も教育委員会『市教委への報告』も怠っていたばかりでなく、3月11日から長期欠席が続いていたのに、春休み期間中も含めて少女の家庭を訪問していない。シャーシャーとした校長でなく、マスコミも何でこのいいかげんな担任と、鈍な保健室の教諭の顔を曝して、追求しないのか?橋下知事も、何で一掬の涙と共にコメントしないのか?

・正義感を持ち合わせない警察官は、害以外の何者でもないのと同様に、子供に関心と愛情を持てない教員なんざ、鬼母・鬼畜情夫と同列に思えるぜ!しかし離婚した父親も、一体何をしていたんだろ?双子だったという少女の妹の方は、自分の意思で父親の元へ走ったという。殺された少女は、こんな仕打ちに遭いながらも鬼母を深く慕っていて、父のもとへ走れなかったのだろう。そう思うと心底哀れで、少女の顔が放映されるたびに思わず手を合わせてしまう私である。(写真は、せめて少女に贈るチューリップ・・・撮影された方、無断借用をお赦しあれ!)

   
(現・本日)この投稿から3年経ったが、似たような児童虐待事件は後を断たない。基本的に「子連れの女が男に狂い、情夫と一緒に虐待する」というパターンである。毎回問われるのは、被虐待児童が小学生の場合の、学校の対応である。

・しかし「教職員を目指した若者」の中で、溢れるような感性を持っていた人は、みんな辞めているのではないか?そう、「何も感じない」「杓子定規な性格」でなければ、教職員という役人勤めが出来ないのだろう?だから、事件の度に出て来る教職員の顔は、並べて「不感症面」である。

・やれプライバシーだ個人情報保護だで、現代社会に生きる我らは、昔のような「世間が介入してくる」鬱陶しさからは救われている。しかし被虐待児童(先般起こった大阪での事件は、姉弟ともに未だ幼児で、バカ母は「餓死するだろう」と思いながらも閉じ込めて遊び呆けていた!)には、「世間の目」こそが救いなのだろ?しかるべき養護施設に預けられた方が、被虐待児童の命も人生も守られる。

・おっと!「世間」が情報を持ち込むお役所窓口も、これまた「不感症役人」揃いだ。どうしたらいいのだろ?人間の性(さが)と片付けるには、余りに死んで行く子らが不憫だ!

日本のガキもヤワになった!

2011年9月15日
(日本のガキもヤワになった!)

・ま、全国的に「ガキの熱中症報道」だらけである。そりゃそうだろ?夏休みに親付きで遊びに出かけても、①エアコンの効いた車旅か②当然エアコンの効いた新幹線か飛行機旅、行く先は親の実家だろうがホテルだろうが、③当然エアコンの効いた環境である。遊びに行かなかったガキでも、④エアコンの効いた部屋でのゲーム遊びだろ?

・そこへ新学期になって、エアコンとは無縁の学校の体育館のスポーツが行われたり、校庭での運動会の予行演習が待っている。日本は春と秋という、「民族あげて物思う季節」が間違いなく夫々1ヶ月ずつは短くなっているし、しかもこの残暑である。

・日本のガキが耐えられるわけは無いではないか?!「外へ出て遊んで来い!」と言えば、交通事故で生涯の悔いを残すことになるし・・・これはもう、昔なら20歳、今なら高卒の18歳から20歳まで、徴兵制とは言わないが自衛隊にでも入れて、有る時期日本のガキの骨身を叩き上げるしか無いようですなぁ・・・

・昭和17年生で、終戦後の食うや食わずの時期も親の庇護で腹一杯食って、徴兵制なんざ全く無縁だった爺の勝手な言い草なれど、こうバタバタ熱中症で倒れるガキなんざ、私らの世代では見たことありませんし、こりゃちょっと、「日本のガキのこと」を真剣に考える時が来ていると思いますぜ!

1歳2ヶ月の生きながらの棺桶

2010年7月25日
(1歳2ヶ月の生きながらの棺桶)

・昨年12月、横浜市港北区でのの虐待・窒息死の事件であるが、今頃全容が明らかになって、その惨さに我らは戦慄する。話は定番になってしまった①37歳の板金工と、②1歳2ヶ月の娘を連れて同居した21歳のクソガキ鬼母だ。或いは母子家庭に、板金工が転がり込んだのかも知れないが。

・1歳2か月といえば、天使のようなものだ。当然夜泣きもしたのだろう。しっかしこの鬼畜の男女は、赤子が夜泣きしても聞こえないよう『石膏ボードとベニヤで、赤子がやっと横たわれる70cmの箱を作り、箱の蓋は、赤子では絶対押し上げられない5kgにしていたのだという。箱に入れられるのは常態化していたようだが、その日は約20時間閉じ込めていたようで、赤子は力尽きて窒息死した。

・ハムラビ法典の精神が健在なら、この男と女を同様の箱に20時間閉じ込めてやるのが当然だろう。何の抵抗力も無い赤子の窒息に至るまでの苦しさ、恐ろしさを思うと、やり場の無い怒りに身が震えるが、この手のニュースが聞かれない月が無いほど、わが国の民度、特に若年層民度の劣化に暗澹とした思いになる。

・女クソガキが体位だけ向上し、後先考えずにガキがガキを産む。育てられる訳もないので虐待し殺してしまうか、今回の事件のように少しは生活力の有る男に下駄を預ける。ところが相手は馬鹿なので、馬鹿なりの工夫をする。空気穴を作れば泣き声が出て来る。「ならば密閉で!」「出て来ないように蓋は5kg!」・・・そこには赤子が窒息死したら?などの配慮は全く無い。ただの、どう仕様もない馬鹿である。

・オイオイ!ところでこの鬼母にも、『子供手当て』は支給されていたんだろう?松山恵子じゃないが「だから言ったじゃないの?」である。①ちょっと利口な家では貯蓄に回して景気浮上に役立たず、②多くの馬鹿親の家ではパチンコ代に回り、北朝鮮を側面援助・・・今年度の半額支給(@13,000)だけでも2兆2500億円だったか?と。止めい!止めい!アカンと思ったら即刻改める素直さも、政権交代のいいところだと思うが・・・

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