日記・コラム・つぶやき

和装・女子袴にブーツ

2019年03月16日
(和装・女子袴にブーツ)


https://special.sankei.com/f/naniwa/article/20190316/0001.html


・昨年6/18の大阪地震で、〔電話FAX〕と〔パソコンプリンタ〕が高所から床に落ちて壊れた。電話FAXはパソコンと線だけ繋げられたので、ネット環境は確保。電話の基本料金だけ毎月払って、未だ本体は買い換えていない。(ガラケーの架け放題が代役)


・パソコンプリンタが無いのは、確定申告には痛かった。3/13、朝風呂浴びて冷たい風が吹く中、難波中の昔の馴染みだった『アートコピー』まで出かけて、明細のプリントと申告書のコピーをして帰った。住処までのバス待ち27分(1時間に1本)。タクシー溜まりまで歩く脚がもう無い。右膝がギシギシ痛んでいる。2人用の小型ベンチが空いていたので、坐ってバス待ちした。


・目の前は「布施方面バス乗り場」。やがて「絵から抜け出たような」黒髪パーマネントを結った年頃なら女子大生か?が目の前に立つ。女子袴(行灯袴)に黒ブーツの盛装だ。卒業式の帰りだろ?着物の柄も大きくて、本人も長身。美形だ。


・うぅん、実践女子大創立者の〔下田歌子女史〕の発案だったよな。学習院女子部の卒業式で流行らせたそうな、でも海老茶色だったそうだから、この娘の「真っ黒」の方がよろしい!などと浅学に浸っていたらスッカリ風邪をひいて、3/16の本日も具合が悪い!


・産経スペシャル・[浪速風] から、記事を以下。


・「【[浪速風] 卒業おめでとう、幸多かれ】産経スペシャル 2019.3.16】


・「はかま姿の和装の女性たちとすれ違う日が多かった。学校の卒業式なのだろう。早春の空気がよく似合っている。おめでとう、幸多かれ。晴れやかな表情を見るたびそう声をかけたくなった。男子学生についてももちろん同じ」


・「▼東大で教えたフランス文学者の〔渡辺一夫〕は、年を取るにつれて、卒業式ではっきりとした感慨が心に宿るようになったと書いている。〈学生は学校という温室で育った苗木のようなものだ〉と渡辺はいう。年を重ねて温室の外の厳しさが自分なりに分かってくると、『送り出す苗木の運命が心配になることが多くなってきました』『若干祈りたいような気持になる』(『僕の卒業式』)」


・「▼厳しさはさらに増している。日本では少子高齢化が進む。安全保障上の脅威も容易にはなくなるまい。世界では地球温暖化の影響が深刻化している。けれども臆することなく未来を切り開いていってほしい。応援したい。重ねて、みなさんの将来に幸多かれ」・・・

カップヌードル・チキンラーメン

2019年03月16日
(カップヌードル・チキンラーメン)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190316/0001.html


・お袋様が卵を入れて作ってくれたチキンラーメンを食べたとき、その未知の味の美味さは衝撃的だった覚えがある。昭和33年発売だから、「高校受験勉強の追い込み」だったと思い込んでいたが、発売時期からして「高校1年の、膨大な宿題処理中」だったかも知れない。


・カップヌードルはもう、丼が要らない非常食として、世界中にアタリマエダに広まっている。体は温まるし、保存食としては最高だ。何で〔故・安藤百福さん〕に『国民栄誉賞』をあげないのか、不思議でならないのだが。


・産経スペシャル・【[産経抄]3月16日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]3月16日】産経スペシャル 2019.3.16」


・「朝から、ついカップ麺を食べてしまう。NHKの連続テレビ小説『まんぷく』のせいである。即席ラーメンを生み出した夫婦を描くこのドラマを見たばかりに、数年ぶりにチキンラーメンにも手が伸びた。同商品の平成30年度の売上高は1日、ドラマの影響もあり最高記録を更新した」


・「▼四半世紀ほど前、ドラマ主人公のモデルである日清食品の〔安藤百福(ももふく)会長〕にインタビューをした。『こんなけったいなもの、どないもなりますかいな』。お湯を注ぐだけでできるチキンラーメンに、昭和33年当時の食品問屋の反応は冷たかった」


・「▼どんぶりがなくても食べられるカップヌードルの人気に火を付けたのは47年2月、連合赤軍メンバーが人質をとり立てこもった『あさま山荘事件』だった。長野県の極寒の山中で、機動隊員らが新製品のカップヌードルをすする姿が、テレビ中継されて注目を集めた」


・「▼現場にカップヌードルを持ち込んだ元内閣安全保障室長の〔故佐々淳行〕さんからは、こんな話を聞いた。カレーライスも作ってみたものの、零下15度の寒さの中ではすぐに凍って食べられたものではない。乾パンや握り飯では温まらない。ラーメンにありつくことで『生き返った心地がした』という」


・「▼もっとも、カップヌードル発売の10年も前に、〔明星食品〕はカップ麺『明星叉焼(チャーシュー)麺』を開発していた。ところが、アイスクリームメーカーに発注した紙製容器が油に弱く、時間がたつとスープが漏れ出すので市販は見送りとなる。アイデアは優れていても時代が早すぎ、技術的な問題が克服できなかった」


・「▼即席ラーメンは今や、世界で〔年間1千億食〕という大産業に成長した。小欄はおそらく16日も、ささやかながら業界の売り上げに寄与したくなるだろう」・・・

命名

2019年03月14日
(命名)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190314/0001.html


・「親が付ける子供の名前」を、愛嬢深い目線で書いている。冒頭に天才喜劇役者の〔三木のり平〕のエピソードを持って来たところが秀抜である。


・親なら(私でも)本を買って来て、1週間は格闘した覚えが皆様にも有ろう。私は〔慎太郎〕〔裕次郎〕という兄弟のネーミングが好きだが、長じてから『宴席』で「名は体を顕さない」「親の思いと、別人格になる場合が多い」ことを発見して酒のネタにするようになった。命名は面白いが、「キラキラネーム」だけは『親の教養』が見え隠れするので、止めましょうや。


・産経スペシャル・【[産経抄]3月14日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]3月14日】産経スペシャル 2019.3.14」


・「平成11年に74歳で亡くなった喜劇役者、〔三木のり平さん〕の本名は、〔田沼則子〕だった。『のりこ』ではなく、『ただし』と読む。『男に〔子〕がつくのはおかしい』。母親の言い分に、父親は耳を貸さなかった」


・「▼『孔子、孟子と、子がつく男は立派になるんだ』。とはいえ名前だけでは、当然女の子だと誤解される。小学校の入学通知を持っていくと、『だめだよ、お姉さんの通知状持ってきたりしたら』などと叱られた。名前をからかわれて、ずいぶんケンカもした」


・「▼〔王子様〕という名前は、『唯一無二の王子様のような存在』という母親の思いに由来するらしい。さすがに女の子に間違えられることはないにしても、苦労は多かった。カラオケなどの会員証を作るとき、店員に偽名を疑われる。高校に入って自己紹介すると、女子生徒に噴き出された。山梨県に住む高校3年生が改名を甲府家裁に申し立て、許可された。自ら選んだ〔肇(はじめ)〕への改名をツイッターに公開すると、大きな反響があった」


・「▼「悪魔」という名前をめぐる、かつての騒動を思い出す。東京都昭島市に住む夫婦が長男に名付けて出生届を出したところ、法務省が認めず、メディアが大きく取り上げた。今回のニュースも、親が子供の名前を決める権利について、考えるきっかけになりそうだ」


・「▼のり平さんの本名については、有名なエピソードがある。戦争が激しくなって、小学校の同級生が次々に徴兵検査を受けるようになっても、なんの音沙汰もない。区役所に問い合わせると、戸籍謄本の性別の欄が〔女〕になっていた。召集令状が来るのも遅れて、入隊の日には、すでに戦争が終わっていた」


・「▼親が付けた名前は、時に子供の運命を大きく変えてしまうのだ」・・・

「元日や一系の天子不二の山」

2019年03月13日
(「元日や一系の天子不二の山」)


https://special.sankei.com/f/seiron/article/20190313/0001.html


・「元日や一系の天子不二の山」・・・動かざるもの、繋がって行くもの、受け継がれて行く系譜・・・見事に五・七・五で顕されている。正直「この句」以外は要らない程だ。


・しっかしま、私が蛇蝎の如く嫌う「サヨク」は、そういうことには無縁の「馬鹿」である。特に『官公労』なんざ馬鹿の上に「卑怯!」が付く。自分は安全な「役人」で保身しながら、勝手な御託を並べおる。サンフランシスコのケーブルカーみたく、自分の右手はしっかり乗降ポールを握っているのだ。そしてスッカスカで実の無い「ハート」のくせしおって、概してみな能弁だ。「口説の徒」と言ってよい!


・私の父は明治28年生、日清戦争戦捷の年である。明治・大正・昭和と88歳まで生きた。母は明治40年生だが、身長164センチの我体で、明治・大正・昭和・平成と91歳まで生きた。私が〔4がん5バトル〕の身ながら、最初の『末期がん』(58歳)から19年も生きているのは、偏に両親の生命力の系譜なのだろう。


・私は父母に溺愛されて育ったため、明治も大正も「日本人の系譜」として感じることが出来る。押入れ一杯に、明治・大正・昭和戦前 が詰まっていたものだ。


・産経スペシャル・[正論] から、記事を以下。


・「【[正論]『一世一元の制』を守り続けよう 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫】産経スペシャル 2019.3.13」


≪個人はすべて歴史的な存在だ≫


・「山梨県の私の生家に住まう者が誰もいなくなり、しばらく前にこれを解体した。家具などを整理していたところ、1枚の古びた写真が出てきて深く心を動かされた。母方の祖父が日露戦争に出征する日の朝、家族全員を集めて撮った写真である」


・「裏書きをみると、明治三七年一月 山梨県中巨摩郡にて、とある。中央に軍服姿の祖父が座し、胸にはいくつかの勲章が垂れている。墓誌で確認したところ、祖父は日露戦争の10年前の日清戦争にも出征、軍功により賜(たまわ)った勲章であることを知らされた」


・「祖父の左には祖母が、右には曽祖父母、その他の血族が並ぶ。祖母は生まれて間もない赤子を抱えている。この赤子が長じて結婚し5人の子供をもうけ、私はその1人となった」


・「日清戦争や日露戦争といえばすでに遠い歴史物語になってしまったようだが、この写真を眺めていると、いずれもつい先だっての我が血脈の中に息づく物語であったことを思い知らされる。私も2人の子供をもち、5人の孫に恵まれている」


・「個人の生命は〈生老病死〉のサイクルから逃れられない。しかし、曽祖父母、祖父母、父母を通じて自分にいたり、そこから子、孫、曽孫へと繋(つな)がっていく血脈の中に生きて在るという自意識を忘却して生きる人生は、いかにも虚(むな)しい」


・「現世の自己の存在のみがすべてだと考えて生きる人生はニヒリズムであろう。個人の属性は、血脈を通じる祖先からの遺伝情報として伝達され、そうして現在の自己となってここに生きて在る。その意味で、個人はすべて歴史的な存在である。現世の個人は、連綿とつづく血脈の中の一人の旅人なのであろう」


≪血脈の連続性が直覚できる≫


・「御代替わりが近づいてきた。明治、大正、昭和、そして平成までが過ぎ去ろうとしている。『一世一元の制』は明治の改元以来のものだが、改めて優れた『制度設計』だと思わされる」


・「天皇家の血脈が瞬時たりとも途絶えることなく紡がれていることが証され、そうして曽祖父母があり祖父母があり父母があって自分が在るという私どもの血脈の連続性を、天皇家の血脈の連続性の中に投影することができる。限りある個々の人間の人生が代々とつづく血脈の中にある、そういう連続性を私どもに直覚させてくれるものが一世一元の制ではないかと私は考える」


★「元日や一系の天子不二の山」


・「〔平川祐弘氏〕によって教えられた句だが、〔内藤鳴雪〕の作だという。平川氏はこういう。『個人は死ぬが子孫や民族はつづく、天皇がつづくことに民族の永世を感じるから“一系の天子”を有難く思うのだろう』(平川祐弘・牧野陽子『神道とは何か-小泉八雲のみた神の国、日本』)」


・「そうなのであろう。一人の天皇を一つの元号によって表すこの制度は、そういう日本人の心をより深いものとしているのではないか。富士山という自然の巨塊に神々しいものを感じ取り、そこに一系の天子を仰ぎみるという研ぎ澄まされた感覚は、鳴雪のような天才をもってしか表現できないものではあろう」


・「しかし、このように言語化されれば“確かにその通りだなあ”という感覚に多くの日本人は誘われるのではないか。平川氏はこれを『神道的感情』だともいう」


・「一世一元の制はこれを守りつづけなければならない。第二次大戦後、旧皇室典範が廃止され、新たに制定された皇室典範には元号に関する条文がない。一世一元の法的根拠が生まれたのは、昭和54年6月6日の元号法の成立によってである。ここで『元号は、皇位の継承があった場合に限り改める』とされた。大戦敗北から30年以上の空白がようやくにして埋められたのである」


≪左翼的言説が頭をもたげないか≫


・「日本学術会議は昭和25年5月6日の『元号廃止 西暦採用について(申入)』において『新憲法の下に、天皇主権から人民主権にかわり、日本が新しく民主国家として発足した現在では、元号を維持することは意味がなく、民主国家の観念にもふさわしくない』と断じたという」


・「国会審議の中でも当時の法務府法制意見長官(後の法制局長官)が一世一元の制について否定的な見解を明らかにし、その上で『代りに何を持つて来るかということになつて参りますと、大体勢のおもむくところというものは決つておるじやないかというような感じがいたします。即(すなわ)ちいわゆる西暦というようなことに落ち着くのではないだろうか』(昭和25年2月28日、参議院文部委員会)」


・「アカデミズムはもとより、国会での審議においても元号に対する嫌悪感や敵愾(てきがい)心、ご都合主義がまかり通っていたことを知り驚きを禁じ得ない。左翼リベラリズムの影響がいまだ濃厚な現在の日本においては、そのような言説が再び頭をもたげてこないとはいえない」


・「一世一元の制は盤石のものでなければならないと、この御代替わりの歴史の時点に身をおいて改めて、そう思う。(拓殖大学学事顧問・渡辺利夫 わたなべ・としお)」・・・

“ニセ検事総長”もいたトンデモ裁判官

2019年03月13日
(“ニセ検事総長”もいたトンデモ裁判官)


https://special.sankei.com/f/naniwa/article/20190313/0001.html


・最近私は、産経スペシャルの中で、この[浪速風]が贔屓だ。①先ず、ナマの「人間臭さ」を感じると同時に、②私の「かつての『新聞記者』のイメージ」にピッタリ なのである。


・今回は「裁判官批判」だ。日本社会は『裁判員裁判制度』を導入せざるを得ないほど、この記事にもある「変てこりんな裁判官ら」に遣られたい放題だったのだ。


・しっかしま、裁判員裁判も一審(地裁)だけだ。二審(高裁)を過ぎれば最高裁だ。「六法全書のシミ共」が跳梁跋扈している。ビッグデータとAI活用で、①判例(前例)の検索作業は甚だしく簡素化されるし、②AIは裁判官(判事)に「判決のサポート」もしてくれると思うがなぁ。


・産経スペシャル・[浪速風] から、記事を以下。


・「【[浪速風]“ニセ検事総長”もいたトンデモ裁判官】産経スペシャル 2019.3.13」


・「駆け出しの頃を思い出す。昭和51年8月4日深夜、当時の〔三木武夫首相〕宅に検事総長を名乗る電話があり、ロッキード事件に関して『指揮権発動の言質』を引き出そうとした。ニセ電話の主は何と〈京都地裁の判事補〉で、京都支局にいた小欄は、降ってわいた大事件に振り回された」


・「▼『箕面忠魂碑訴訟』で、忠魂碑の移転に公金を支出したのは違憲とした大阪地裁の裁判長も印象深い。後に最高裁で合憲が確定したが、この裁判長は敬虔(けいけん)なクリスチャンで、『わが国の国民性は、宗教についてきわめて無節操』とまで言及した。法律的判断より自身の宗教観を優先しているようだった」


・「▼またもあきれる裁判官がいた。名古屋家裁の男性判事が『反天皇制』の団体の集会に参加したり、ペンネームで『天皇制要りません』〈『昭和の日』は『無責任の日』〉などと寄稿していた。裁判の公正、中立に疑義が生じる。『表現の自由』というなら、裁判官を辞めて好きに活動したらいい」・・・

新聞記者の覚醒に期待したい:門田隆将氏

2019年03月10日
(新聞記者の覚醒に期待したい:門田隆将氏)


https://www.sankei.com/column/news/190310/clm1903100004-n1.html


・私の好きなジャーナリスト・作家の〔門田隆将氏〕が日本の新聞各社に“檄”を飛ばしている。「読者を唸(うな)らせる歴史に堪えられる記事は、すぐ『そこ』にある。新聞記者の覚醒に期待したい」・・・と。


・しっかしま、〔朝日〕〔毎日〕〔東京〕などのサヨク新聞は論外だが、最近は〔日経〕までが「左寄り」になっている。「保守中道」は〔読売〕で、「保守中道やや右」が〔産経〕と色分けが決まった昨今、昔の様な『新聞記者魂』など今の世に存在するのだろうか?


・産経ニュース・[新聞に喝!] から、記事を以下。


・「【[新聞に喝!]『歴史』に堪えられる報道とは 作家・ジャーナリスト・門田隆将】産経ニュース 2019.3.10 11:30」


・「東アジアは2月末から3月初めにかけて歴史に残る日々を送った。ハノイでの『米朝首脳会談』、韓国の3・1『100周年』に加えて、台湾の『228事件記念日』が集中していたのである」


・「これらは複雑に絡み合い、いずれも日本の安全保障に深く関わるものだ。インターネットに本来の役割を奪われ、衰退する新聞にとって、本領を発揮すべき好機だっただろう。しかし、この3つの歴史的事象に対応できた社は少なかった」


・「まず多くの新聞が米朝首脳会談を読み間違えた。〈トランプ米大統領が成果を欲しがって前のめりになり、北朝鮮ペースになっている〉と日本の新聞は思い込んでいた。だが、調べ上げた北の核開発の実態を突きつけた米国は譲歩せず、席を蹴る形で『合意なし』の選択をした」


・〈「屑(くず)鉄廃棄」の見返りに「制裁解除」に固執した北朝鮮は孤立と自滅を招く〉と辛辣(しんらつ)な論評をした〔韓国の東亜日報〕と対照的に日本の新聞は戸惑いを隠せなかった」


・「日本が譲れないのは、北の完全非核化と拉致被害者の早期一括帰国のはずなのに、記者たちがその視点を忘れ、他人事(ひとごと)のような記事が続いた末のことだった。日本国民の命をどう守るかという根本を新聞が見失っていなければ、〔ボルトン大統領補佐官〕と連携する『国家安全保障会議』(日本版NSC)への取材等(など)を通じて、もっと真相に肉薄できていたのではなかったか」


・「翌日の韓国の3・1『100周年』報道には、さらにその思いを強くした。〈文大統領、対日「未来志向」〉と朝日が書けば、毎日は〈相互尊重へ新たな歩みを〉と社説で訴えた。一方、読売は〈文氏3・1演説 問題の根底は異様な対日観だ〉との社説を掲げ、産経も〈「反日」で国をまとめるな〉と糾弾した」


・「日本の安全保障を根底から覆(くつがえ)す文氏の『朝鮮半島統一戦略』に危機感を持って報じたのは、後者の側だった」


・「そして3つめの『台湾の228事件記念日』における報道である。年頭に中国の〔習近平国家主席〕が台湾に対して『一国二制度を受け入れよ』と演説したことで、台湾は待ったなしの激動期に突入した。〔蔡英文総統〕率いる民進党が昨秋の統一地方選で惨敗しており、来年の総統選で下野する可能性が高まる中、1947年の国民党による台湾人虐殺の『228事件』記念日は大きな注目を集めていた」


・「だが、日本でこの事象に対応したのは『産経』だけだった。同紙は〈蔡英文氏のインタビュー〉に成功し、日本との安全保障協力に強い意欲を示し、〔安倍晋三首相〕に決断を促す蔡氏の言葉を引き出した。まさに『日本の新聞、ここにあり』の一撃だった」


・「米中貿易戦争、北朝鮮核問題、韓国の暴走、台湾生き残りへの道…すべてが日本の未来に関わる大問題である。それだけに新聞には独自の問題意識と先見性が求められている。読者を唸(うな)らせる歴史に堪えられる記事は、すぐ『そこ』にある。新聞記者の覚醒に期待したい」・・・       


◇【プロフィル】門田隆将(かどた・りゅうしょう) 昭和33年、高知県出身。中央大法卒。作家・ジャーナリスト。最新刊は、『オウム死刑囚 魂の遍歴』。


《台北市内の総統府で、産経新聞の単独取材に応じる蔡英文総統(左)=2月28日(田中靖人撮影)》


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孤高に立つ憂国の士;元谷外志雄氏

2019年03月06日
(孤高に立つ憂国の士;元谷外志雄氏)


http://news.livedoor.com/topics/detail/16118839/


・私は〔藤 誠志〕のペンネームで、この〔元谷外志雄氏〕が書いた『本当の日本の歴史 理論近現代史学』を読んだことがある。〔チャイナ〕が反日に使っている「南京大虐殺の嘘」を、真正面からコツコツと暴いた名著だと思った。英語版もあるところに同氏の「本気度」が見える。


・金沢辺りの人だと直ぐ分かる名前である。トモダチだった〔トモちゃん〕は〔外茂次〕という名前だったし、憧れて通ったクラブママ・〔トミさん〕は〔外美〕だった。何でも「雪に降り込められないで、外へ!」という意味らしい。


・この〔元谷外志雄氏〕は、地方銀行の外交員から身を興した苦労人である。素っ頓狂なカミさんのキャラが当たり、〔アパホテル〕が有名になってしまったが、ベースは『マンション業者』である。


・「自民党の更に右に旗を!」と元空自幕僚長の〔田母神俊雄氏〕を熱心に支援したが、田母神氏が公職選挙法違反で事実上失脚し、元谷氏は今、「孤高に立つ憂国の士」のイメージだ。頑張れ!


・ライブドアトピックス から、ZAKZAK(夕刊フジ) の記事を以下。


・「【『日本は憲法改正し、自ら国を守る態勢を』『左派野党と左派マスコミは国益を考えていない』 アパグループ代表・元谷外志雄氏が激白!」ZAKZAK(夕刊フジ) 2019年3月6日 17時11分」


・「〈米朝首脳会談の決裂〉や、〈米中新冷戦の顕在化〉、〈核武装した統一朝鮮が出現する可能性〉など、東アジアの緊張状態は続いている」


・「日本の国会は、厚労省の『毎月勤労統計』の不正調査などで与野党対立が続いているが、『今そこにある危機』に目を向けないのか。国内最大のホテルネットワークを持つアパグループの代表であり、保守系言論人としても活躍する〔元谷外志雄(もとや・としお)氏〕が、国際情勢と憲法改正について語った」


〈左派野党と左派マスコミは国益を考えていない。事態は切迫しているのに、安倍晋三政権の足を引っ張るばかりだ〉


・「元谷氏はこう怒りをにじませた。〔ドナルド・トランプ米大統領〕と、北朝鮮の〔金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長〕による首脳会談が2月27、28日、ベトナムの首都ハノイで行われたが、左派野党は統計不正の追及に没頭し、左派マスコミは『米朝合意濃厚』『日本は蚊帳の外』などと安倍政権を批判した」


・「現実は、トランプ氏が、北朝鮮の『見せかけの非核化』方針を見透かして席を蹴り、米朝会談は決裂した」


・「元谷氏は『まず、正恩氏にとって核兵器は体制維持のために不可欠だ。簡単に手放すはずがない。その力を背景にして『従北』の〔文在寅(ムン・ジェイン)大統領〕率いる韓国を飲み込もうとしている。会談2日目の朝、両首脳の表情をテレビで見て、決裂する予感がした』という」


★米中新冷戦の影響も大きいと分析する


・「『米国と中国は新帝国主義というべき『自国優先』の傾向を強め、覇権争いをしている。中国としては、国境を接する北朝鮮が『米国寄り』になるのは許せない。正恩氏が列車でベトナムに向かう間も、相当ねじ込んだはずだ。米朝合意はそもそも相当難しかった』」


・「日本としては、北朝鮮による『核の危機』は継続している。中国は、日本のシーレーンを脅かすように南シナ海の岩礁を軍事基地化し、沖縄・尖閣諸島周辺に連日公船を侵入させている。韓国は島根県・竹島を不法占拠し、海軍駆逐艦のレーダー照射など『反日』姿勢を強めている」


・「元谷氏は『アジアの平和と安全のためには、日米同盟だけでは不十分。日本が憲法改正して『自分の国は自分で守る』という態勢を整えなければならない。核武装した統一朝鮮が、中国の先兵として日本に迫ってきたら、国家存亡の危機になる。安倍首相のうちに、ぜひ憲法改正を成し遂げてほしい』と語った」・・・


《元谷氏は、憲法改正の重要性を訴えた》


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京都に行く日本人は激減している

2019年03月05日
(京都に行く日本人は激減している)


http://news.livedoor.com/topics/detail/16112849/


・新幹線の車輌ボードに、「そうだ 京都、行こう」のパネルを見た時は、思わず「上手い!」と呟いてしまった。1993年から、JR東海が続けているキャンペーンだそうな。26年前かぁ!私も未だ50歳、見果てぬ夢を追って、新幹線で名古屋から東京・大阪に頻繁に移動していた。


・いつも「京都へまた、行ってみたいなぁ」の想いが有った。学生の頃から何回行ったのだろう。私は奈良も好きでよく行ったが、やっぱり京都は魅惑的な街である。


・しっかしま、日本も『観光コジキ』の道へ足を踏み出して、京都なんざ今、「観光公害」の只中のようだ。あの『哲学の道』を支那人が群れを成して、けたたましい大声で歩いているのかと思うとゾッとする。


・その『哲学の道』、wikiが簡潔に解説してくれている。以下。


・「『哲学の道』はもともと、1890年(明治23年)に琵琶湖疏水が完成した際に、管理用道路として設置された道である。当初、芝生が植えられている程度の道であったが、ここを歩いて通行する人々が増えていった。明治の頃、文人が多く住むようになり『文人の道』と称されていた」


・「その後、京都大学の哲学者・〔西田幾多郎〕や〔田辺元〕らが好んで散策し、思案を巡らしたことから『哲学の小径』といわれたり、『散策の道』『思索の道』『疏水の小径』などと呼ばれた。1972年(昭和47年)、地元住民が保存運動を進めるに際し、相談した結果『哲学の道』と決まりその名前で親しまれるようになった」・・・


・ライブドアトピックス から、BLOGOS・小林よしのり氏 の記事を以下。


・「【京都に行く日本人は激減している】BLOGOS・小林よしのり 2019年03月05日 15:44」


・「京都を訪れる日本人観光客の人数が激減しているらしい。そりゃそうだよな。外国人観光客が増えすぎて、まるで原宿竹下通りみたいな有り様で、情緒というものが全くないという惨状なんだから。交通渋滞も激しいし、祇園も傍若無人な外国人観光客のせいで、舞妓さんも迷惑しているらしい」


・「以前は京都で一週間くらい宿泊して、仕事してたりしたもんだが、今じゃそんなことはできはしない。 少なくとも一年に一回は京都に行こうと思っていたのに、観光客は増える一方だから無理だな」


・「こういうことを言うと、リベラル左翼の連中から、『排外主義』と言われるから、日本人は黙って寄り付かなくなるだけだろう。 京都の静かに思索できる趣は、もう永久に失われるのだろうか?」・・・


《哲学の道(琵琶湖疏水の小径)・秋》


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詐欺流行が「強盗殺人」にエスカレート!

2019年03月03日
(詐欺流行が「強盗殺人」にエスカレート!)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190303/0001.html


・弱者も数多居るが、『子供・女性・老人』はその代表格だろう。その「弱者」を狙う昨今の犯罪は、「あぁ、日本も盛りを過ぎて、終焉のトンネルへマッシグラだなぁ」と感じさせる。長生きしてもこの先「いいこと」は無さそうだが、ま、長生きしなきゃならん事情も有る。邪魔すんなよ!


・産経スペシャル・【[産経抄]3月3日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]3月3日】産経スペシャル 2019.3.3」


・「アフリカに生息する鳥の一種、〔クロオウチュウ〕は信用を逆手に取るのがうまいと聞く。他の鳥や動物が獲物に群がるのを見張り、敵が近づくと高声で鳴いて危険を知らせる。たまに嘘の警告で鳥たちを追い払い、獲物を失敬するのが十八番らしい」


・「▼ヨシキリなどの巣で育つカッコウは、やはり鳴き声で親を欺く。『シッ』と一声出すヨシキリのひなに対し、カッコウのひなは『シシシシ』とねだり続けて親鳥に給餌を急(せ)かす。舌先三寸ではない。『音響擬態』の立派な名がついている(『擬態』上田恵介編著)」


・「▼親切を装う。子に化ける。生存本能のなせる業に感心してもいられない。息子を騙(かた)る『オレオレ詐欺』の乱脈が下火になる気配のない人間界である。警官と偽り、『お宅の口座が振り込め詐欺に使われている』とキャッシュカードをだまし取る手口も後を絶たない」


・「▼音響擬態を気取った詐欺は、より凶悪な犯罪へと傾きつつある。声色を変え親族を騙ったのか、電話で『家にお金はありますか』と尋ね、数日後、家に押し込む。東京都渋谷区で起きた2件の強盗に続き、江東区では80歳の女性が殺(あや)められた上に自宅を荒らされた」


・「▼電話で資産状況を聞き出す手口は『アポ電(アポイントメント電話)』と呼ばれ、この2年で急増している。渋谷と江東の事件は同じ3人組による犯行の可能性があるという。高齢者世帯が増える中、人の親切や親心などにつけ込む悪党の高笑いを断じて許すまい」


・「▼捜査の進展を願いつつ、電話口のどんな声色にも耳の警戒を解かぬ用心が必要だろう。〈犬ワンワン猫ニャーゴニャーゴと聴くとして/人間の声は何と聴くべしや〉奥村晃作。自然界の擬音に比べ、人間界の声まねが悲しいほどにあさましく響く」・・・

ちょっと「いい話」を:元日本兵の恩返し

2019年03月02日
(ちょっと「いい話」を:元日本兵の恩返し)


http://news.livedoor.com/topics/detail/16099139/


・何だか〔市川 昆監督〕の【ビルマの竪琴】を瞬時に思い出した。「水島ぁ、一緒に帰ろうよ」・・・余りの悲惨な体験から、寡黙な僧侶になり、ビルマの大地に散った日本兵の弔いに生涯を捧げた水島上等兵(安井昌二)だった。


・この記事の〔今泉清詞さん〕(95歳)も偉い!生き延びて復員したが、ビルマの人々に助けられた恩を忘れていない。ちょっといい話を読ませて貰った。


・ライブドアトピックス から、現代ビジネス の記事を以下。


・「【ミャンマーで命を救われた元日本兵『贖罪の30年』 かの地に貢献することを誓って】現代ビジネス 2019年3月2日 13時0分」


〈ミャンマーの人々に助けられ〉


・「『忘れもしません。昭和19年4月18日に、もともと私が所属していた中隊が全滅したんです。本当なら私も死んでいたはずだった。だから4月18日は私の命日で、4月19日は私の誕生日だと思い続けています』」


・「埼玉県鶴ヶ島市に住む〔今泉清詞さん〕(95歳)は、'41年に召集されて中国に渡り、歩兵部隊に所属していた。だが、身体を壊して『インパール作戦』が開始する直前に部隊を離れ、連隊本部で事務を担当していた。これが運命の分かれ道だった」


・「インパール作戦は失敗し、日本軍はビルマ(現ミャンマー)に逃げ込んだ。『ミャンマーの人たちは非常に親日的でした。家にかくまってくれる人やご飯を食べさせてくれる人もいました』(今泉さん・以下同)」


・「ミャンマーの人々に助けられ、生き延びた今泉さんは'46年7月に復員。移り住んだ鶴ヶ島市で荒地を開墾し、苦労の末に酪農で成功した。そのさなか、'74年にはミャンマーを訪れて、慰霊祭を行ったという」


・「『行く前は少し心配もありました。戦時中、日本軍はミャンマーで食料や家畜を徴発、田畑を踏み荒らして、現地の方を人夫として使った。私たちの慰霊祭を快く思うはずがないんです。ところがいざ慰霊祭の開催場所に行ってみたら、黒山の人だかりができていました。なんとミャンマーの人たちが手を合わせて拝んでくれていたんです』」


・「感極まった今泉さんは、ミャンマーの平和に貢献することを誓った。酪農に続きゴルフ練習場経営にも成功して財産を築くと、約30年前に私費を投じて『今泉記念ビルマ奨学会』を設立した」


・「奨学会では来日しているミャンマー人留学生から毎年10人の奨学生を選び、1ヵ月4万円を2年間支給。これまで約180人が受給し、そのうち26人が博士号を取得した」


・「現在は元奨学生たちが、ミャンマーで奨学金制度を運営、今泉さんは資金提供を続けている。『今でもかつての奨学生が自宅に訪ねてくることがあって、本当に子供みたいなものですね。だけど、別に私のことなんて忘れてくれてもいいんです。見返りはまったく期待していない。ただの恩返しですから』」


・「今泉さんの活動がきっかけで、地元の鶴ヶ島市とミャンマーの交流は深まっていった。'20年の東京五輪では、ミャンマーの選手団は鶴ヶ島市で事前合宿を行う予定だ。『19万人の戦友の遺骨がいまもミャンマーに残っていることが頭にあります。日本とミャンマーの仲が悪かったら彼らは安らかに眠れません。生きているうちは戦友やミャンマーの人たちが喜んでもらうためのお手伝いをしていきます』・・・今泉さんの恩返しはまだまだ続く」・・・

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