ファッション・アクセサリ

今日は私の亡き師匠の10回目の祥月命日

2016年01月11日
(今日は私の亡き師匠の10回目の祥月命日)


・師匠と言っても「小唄・端唄」の師匠ではなく、まして「ゴルフ」の師匠ではない。私が新卒入社した「外資系コンピュータ販社」で私を育ててくださった諸先輩は数多在れど、心底「師匠」と広言出来るのは、私より3期先輩で、2006年01月11日に心筋梗塞で頓死された〔滝 雄三〕氏である。


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・早いものでもう、10年である。私が大阪風来坊となり、東京に居る「師匠」は、アレコレとビジネスソースのメールを、マメにくださったものだ。「師匠」を喪った衝撃と悲しさは私を打ちのめし、「がん」のことも「糖尿・高血圧」も正直もう、どうでもよくなって、毎日西の空が茜に染まる頃から深夜まで、酒の海に溺れた。


・諸兄諸姉やお客様の激励もあって、私は3週間ほどで酒の海から砂浜に打ち上げられ、「師匠との楽しかった思い出」をブログに綴ることで徐々に救われて行った。そういう意味で、当時の『プロチュアサイト』と、友人・栗原修二氏には深く感謝している。


・そんな記事の中から、今日は【ビジネスマン夜戦記6】:香港・印度系イージーオーダー 『お母さん 僕のあのコタツカケは?』 《ビジネスマン時代の今は亡きボスと、仲間へのレクイエム》 を送ります。以下。


・「もう早死にされて久しいんですが、『外資系コンピュータ販社』創世記に大活躍された鈴木義治さんという傑物がお見えでした。私が5期生入社した名古屋ブランチのマネージャーで、後の小規模なブランチと違い、スーパーバイザーには栗田・桜井・江川・田原・山口・宇野・和賀先輩ら7名の各氏を配した堂々としたブランチでした」


・「しかも名古屋駅前の当時としては最大の、床が大理石で転びそうな【大名古屋ビルジング】1F,隣が航空会社のフロントという“外資の香りムンムン”の垢抜けたブランチでした」


・「鈴木さんは豪傑で、全国でスーパーバイザーの手に余る偏屈者や拗ね者も、営業力さえあればどんどん戦力として集めていました。大名古屋ビルジングのテナントは一流会社ばかりでOLたちも皆美しく、我ら「外資系コンピュータ販社」の若い野武士達の“草刈場 ”でもありました」


・「奥方が或る大きなクリニックの婦長さんだった高校時代の友人(亡くなった)が、酔っ払うと若き看護婦だった頃の婦長さんと私の仲を疑ってからんで来て、困ったものでした」


・「私が大阪で草鞋を脱ぐことになった大阪の貝沼輝彦青年が『会計機講習』受講の折、試験結果が毎回0点で本社スクールを追い返されることとなり、森校長がその旨名古屋の鈴木さんに電話を入れると、『全部頭に6(60点!)付けといてよ』と涼しい顔の返事だったそうです」


・「そんなこんなで名古屋ブランチだけは治外法権の感が強く、本社からはシッカリ睨まれておりました結果ディーラーさんの倒産というアクシデントで、損失引責という形をとって鈴木さんは失脚、本社の『部屋住み:冷や飯食い』となります」


・「鈴木さんを待っていたのは、外資なのに『官公庁ルートを開拓せよ』という無理難題でした。当時の上層部の冷たさに我らペッペーも悲憤慷慨したものですが、如何ともし難い無力さ故、お世話になったブランチマネージャーの更迭を、泣いて見送ることしか出来ませんでした」


・「結局鈴木さんは『外資系コンピュータ販社』を追われ、我らペッペー憧れの応蘭芳(オゥランファン:失神女優:マグマ大使の敵・ゴアの女房)似の美形の奥様とも別れ、ある日突然『香港のインド系洋服屋』にと転進されたのです!(何の話やらと長らくお待たせ致しました、私のボス、いよいよ登場です!)」


・「鈴木さんの作戦は、《金遣いが荒く外見に金をかける『外資系コンピュータ販社』の我ら営業マンに、香港のインド系洋服屋のイージーオーダーの洋服を売りつけよう》というものだったのでしょう。採寸は大柄なインド人と鈴木さんの二人掛かり。畏敬する“元ブランチマネージャー”に迫られて、特に名古屋で断る勇気の有る者は居ませんでした。私のボス・滝さん(横浜と掛け持ち)などは『丁度オーバーコートが欲しかったんですわ』などと、鈴木さんにヘラヘラお愛想言って採寸して貰って居ました」


・「私の背広もみんなの背広も概して体に馴染まない酷い作りで、横浜の渡辺慶一マネージャーなんかは、“予めベストの釦をみんな架けておいてブッカブリ”していましたが、中でも滝さんのオーバーコートは見ものでした」


・「滝さんは短足で、体の真ん中が膨らんだ、丁度“台湾”のような芋状(ガキの頃の代用食の不味い〔護国〕)の体形なのに、オーバーコートは『三味線の撥』のように真ん中を絞った美しい形状をしていました。しかもヒトラーの親衛隊のように超ロング仕立てで、更に明るいグレー地に柄がエンジの大きい格子柄(一桝15cm四方)だったんです!滝さんが着ると、丁度【ズングリ神戸タワー】か【砂時計】のようでした」


・「丁度本社行きのタイミングが来て、意を決した滝さんは【砂時計】のスタイルに大きなイタリア製カバンを持ち東京へと出掛けて行きました。あとはご本人からの報告」


・「『どうか知った奴には会いませんように!と祈ってな、ドキドキしながら裏口から入って階段に足をかけるか否かで上からケタタマシイ笑い声だ。一番会いたくなかった広報部の渡部が、 「がははははぁぁ!何だ滝ぃ!【炬燵架け】被って来たかと思ったぞぉ!はははははぁぁ!!なんだぁそれ!お前も鈴木ヨッサンに騙されたんかぁ!ヒーッヒッヒヒーッ!」 と指差して、笑いすぎで階段にへたり込んで涙まで流してやがんの。ッキショー!寒いんで仕方がなく着て帰ったが、金輪際もう着ん!!』」

 
・「鈴木さんはその後、六本木で粋人が集まるナイトクラブなどを経営されていましたが、60歳前後で亡くなられたと風の噂で聞きました。私のその〔背広〕は随分前に、躊躇いながらゴミに出しましたが、ハテ?滝さんのあの【炬燵架け】は、未だ遺品として洋服ダンスに架かっているんでしょうか?(了)」・・・

金環食メガネの文科相デモ:日本人の民度も下がったものだ!

2012年05月21日
(金環食メガネの文科相デモ:日本人の民度も下がったものだ!)

http://www.youtube.com/watch?v=vQy84MZ5OPg

・おいおい、ディズニーランドとかUSJジャパンとか、とにかく業者が造ったイベントスクエアへ足を運んで、「ワーッ!」とか「キャー!」とか「カワイイ!」などと叫んでいる親子を見ると、つくづく日本の民度は下がったと思う。

・何も私が爺になったから行かないのではなくて、演出家の臭いがプンプンする仕掛けには、若い頃から多少それを齧った身としては「読めてしまう」ので、「ワーッ!」とか「キャー!」とか「カワイイ!」だとかにはならない。

・金環食だってそうだ。私らクソガキも頃は、ガキ大将の指導で米軍の爆撃破壊でなんぼでも地面に有ったガラスの破片を拾い集め、ローソクの煤でそのガラスを炙り、それで敢然と太陽を凝視したものだ。それで網膜が焼かれて盲目になったりした友人もいないし、私自体、目医者に行ったこともない。

・「己の身体は己で守る」、これが最小限の自己防衛の時代だった。それがアタリマエダで貫かれていた。どの親も、些細なことで学校に怒鳴り込んだり、担任を執拗に問い詰めることを恥とした。今思えば、貧しいながら「日本人の民度」は、限りなく高かったのである。

・酔っ払ったお父さんが、律儀に寿司折をぶら提げて帰る・・・ドリフの加藤茶のお馴染みのシーンだが、あれが我らのクソガキの頃のお父さんのスタンダードな姿だった。お母さんは、内職をするくらい貧しくとも、灯火の下で子らを育て、一家で手土産を提げた酔っ払ったお父さんの帰りを待っていたのだ。

・さっきまで久々の焼肉を食っていたのだが、隣の席が若い夫婦の二組、乳幼児連れだ。酒を呑んで長いが、クソガキ、特に乳幼児の金きり声を聞きながら飲んだことは無かったなぁ。こちとらはタバコを吸わないが、二組の夫婦はケツからヤニが出るほどタバコを吹かしていた。あぁ、私らの頃は、母親までが子連れで出張るという文化が日本には無かった!

・共産主義のチャイナでは、古くから男女同権が謳われていたが、別に差別する気はないが、酒の席に乳幼児連れの若いカアチャンが来て、家のウチソトの話を大声でやっていてはイケンだろ?別に私が流離いの身となったので、B層はおろかC層の店に行っている訳ではない。

・これは民度の低いと私が断言する大阪固有の風景ではあるまいて。恐らく日本全国、酒の席に乳幼児・クソガキ連れのカアチャンがシャシャリ出ているのだろ。嫌いなチャイナの格言だが、「雌鳥が時を告げる国は滅びる」という。差別ではなく、仕事の区別なのだ。

・日本がその民度を高く保って来られたのは、男系天皇家ではないが、男系社会だったからだろ?その証拠に、男系社会を守っているコリアは驚異的に発展し、「雌鳥が時を告げるようになった」日本は、後退するにその止まるところを知らない体たらくだ。

・金環食メガネのデモンストレーションに文科省大臣までが登場する現代である。あぁあ、ターザンゴッコで木の枝から落下しても、打った頭をガキ大将が小川の水に漬けてくれたあの雄雄しい頃の日本は、どこへ行ったのか?間違いなくそういう私らの年代が、敗戦後の焼け野原から今日の日本復興への道を造ったのだが・・・

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