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(今、〔日本人〕が〔日本人として〕〔日本を想う時〕だ!)

2020年03月05日
(今、〔日本人〕が〔日本人として〕〔日本を想う時〕だ!)


https://special.sankei.com/f/seiron/article/20200305/0001.html


・昭和23年の灰田勝彦の歌に【東京の屋根の下】がある。佐伯孝夫・作詞、服部良一・作曲である。私はこの歌の1番の、


〈なんにも なくてもよい 口笛吹いて ゆこうよ〉


のやせ我慢が大好きだ。私が小学校に上がる前年では、東京は焼け野が原、闇市以外には何もなかった筈だ。しかしそのやせ我慢も3番になれば、国民の精神論として昇華されている。

〈東京の屋根の下に住む
 若い僕等は しあわせもの
 浅草 夢のパラダイス
 映画に レビューに ブギウギ
 なつかし 江戸のなごり 神田 日本橋 
 キャピタル東京 世界の憧れ
 楽しい夢の 東京〉・・・


・私は日本人の本質がここに在ると思う。古い新聞紙も無駄にせず、手頃な大きさに切って籠に置き、「尻を拭いていた」日本人だ。市場と言えば公設市場しかなく、そんな店頭や個人商店から「モノの買占め」などの恥ずべき行為は出来る筈も無かった。みんな空腹だったが〈なんにも なくてもよい 口笛吹いて ゆこうよ〉と楽天的に、しかし我武者羅に働いて、戦後復興は着々と為されて行ったのだ。


・この前フリを〔葦の孔〕にして、産経スペシャル・[正論]を読んでくだされば面白い。


・「【[正論]日本の古代を彩る『英雄叙事詩』 文芸批評家・新保祐司 2020.3.5」


≪日本書紀成立1300年≫


・今年は、『日本書紀』成立1300年に当たる年である。それを記念して、上野の東京国立博物館で特別展『出雲と大和』が開催された。日本の古代史に国民の関心が高まることは喜ばしい。グローバリズムが突き進んだ果ての混乱の中にあるこの時代に、世界の諸民族はそれぞれ自らのアイデンティティーの探求に向かって動いているが、日本人が日本人としてのアイデンティティーを確認するとしたら、古代の歴史を振り返ることは必須だからである。アイデンティティーの自覚は、深き民に不可欠なのだ」


・「展覧会では、〔高さが約48メートル〕あったとされる『出雲大社本殿』の模型に驚嘆した。また、荒神谷(こうじんだに)遺跡から出土した大量の銅剣、銅鐸、銅矛の陳列には目を見張るものがあった。勾玉(まがたま)や三角縁神獣鏡の美しさに『美』の発生の秘密が感じられるようであったし、埴輪(はにわ)の『見返りの鹿』には、『芸術家の原型の誕生』に立ち会っているような気がした」


・「埴輪の類は、これまでもいろいろなものを見る機会があったが、これは、傑作である。これを作った古代の人間の体温が感じられたが、こんなことは私としては稀(まれ)なことであった。『創造の喜びを感じている人間』が、5~6世紀の出雲に確かに存在したのだ」


・「しかし、このような考古学の出土品だけでは、古代の回想には不十分であろう。やはり、『日本書紀』や『古事記』などを読むことが必要だが、令和の日本人が、古代を振り返るならば、特に『古事記の中巻』を読むべきであると私は考えている」


≪古事記中巻、歴史の偉大さ≫


・「神話は、多くの民族が持っているが、偉大な民族は、叙事詩を創造した。古代ギリシャの〔ホメーロス〕の『イーリアス』や『オデュッセイア』、古代ローマの〔ウェルギリウス〕の『アエネーイス』などである」

・「そういう意味で、古代の日本は、叙事詩を持ち得たのであり、私は、『古事記の中巻』がそれであると考えている。上巻は、『神代』であって、いわば神話であり、中巻に入って、〔人代〕が始まる。そして、この中巻に、〔神武天皇〕と〔倭健命(日本武尊)〕が登場するのである」


・「〔本居宣長〕に倣って、私も『日本書紀』よりも『古事記』を重んじるが、その理由は宣長の言うように、『日本書紀』には『すべて漢文の潤色多ければ』ということだけではなく、『古事記』は<叙事詩という文学>を中巻に持っているが、『日本書紀』は、歴史の書だからである。『古事記』も、下巻になると、文学よりも歴史に近づいているように感じられる」


・「古代の日本の歴史で、英雄として出現するのは、神武天皇と日本武尊の二人であって、『古事記中巻』は、この二人の英雄叙事詩として読まれるべきものだ。『日本書紀』での、この二人の描かれ方が、特に日本武尊において、如何(いか)に精彩を欠いているかを思えば、叙事詩と歴史との違いが分かる」


・「私は、〔稗田阿礼(ひえだのあれ)〕は、古代の日本におけるホメーロスのような存在ではなかったかと思う。ホメーロスが、英雄アキレウスを歌ったように、稗田阿礼は、神武天皇と日本武尊を描き出したのであり、今日の日本人に必要なのは、『日本書紀』や『古事記』を通読することよりも、『古事記の中巻』を深く読むことであろう。そこには、英雄叙事詩が歌われており、歴史を回想する意義は、歴史の事実を知ることではなく、歴史の偉大さを感得するところにあるからだ」


≪祖国を深く「思慕」する≫


・「そして、さらには日本の近代において、古代の英雄叙事詩を表現した作品を鑑賞することにまで進むことが大切である。それは、神武天皇の東征を題材とした、〔信時潔〕作曲、〔北原白秋〕作詩の交声曲『海道東征』であり、日本武尊を描いた〔保田與重郎〕の『戴冠詩人の御一人者』である」


・「前者が作られたのが昭和15年であり、後者が収められた本が刊行されたのは、13年である。昭和10年代が、いわば明治70年代であり、日本が文化的に如何に高揚した時代であったかがこれでもよく分かる」


・「交声曲『海道東征』は、第1章『高千穂』に続き、第2章は『大和思慕』となる。その歌詞は、『大和は国のまほろば、たたなづく青垣山』で始まるが、いうまでもなくこれは日本武尊の『思国歌』の『倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(ごも)れる 倭し 美(うるは)し』からのものである」


・「だから、初代神武天皇の東征の話の中に、第12代景行天皇の皇子である日本武尊の絶唱が出てくるのは年代的におかしいのだが、ここに『大和思慕』を入れたところに、白秋の天才があると思う。『倭は 国のまほろば』の心情は神武天皇も抱いていたとしたのである」


・「『大和思慕』を聴いていると、古代日本の二人の英雄が、『美し』の『大和』を『思慕』している深い心が沁(し)み込んで来るようである。この心を持って、我々現代の日本人も、『美し』の大和を、そして祖国日本を深く『思慕』しなくてはならないのではないか。(しんぽ ゆうじ)」・・・

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