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(私より1歳年下の〔梓みちよさん〕が逝った!)

2020年02月03日
(私より1歳年下の〔梓みちよさん〕が逝った!)


https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12278-550652/


・「何とか今回の『5がん6バトル』目も乗り切って、著作三昧の『黄金の80代前半期』を掴み取ろう」と懸命な私に、1歳年下の〔梓みちよさん〕が「そんなに甘かないわよ」と76歳で逝ってしまった。先日の〔宍戸 錠さん〕とオンナジ、『栄光を背負った孤独死』だった。


・『こんにちは赤ちゃん』(詞・永六輔、曲・中村八大)は金字塔として、『二人でお酒を』(詞・山上路夫、曲・平尾昌晃)の歌唱も抜群だった。舞台で胡坐(あぐら)をかいて唄うスタイルは、「パンツが汚れてしょうがないわよ」と、私にはご本人から聞いた想い出がある。


・私は個人的には、彼女の『メランコリー』(詞・喜多條忠、曲・吉田拓郎)が好きだった。一番彼女らしい色っぽさが有った。私はもうちょい頑張らなければならんが、彼岸も賑やかになっていい。みちよさん、素敵な歌を有難うございました。転ばないように真っ直ぐ逝ってください。南無。


・ニフティニュース から、スポニチアネックス の記事を以下。


・「【歌手の梓みちよさん死去 76歳『こんにちは赤ちゃん』『二人でお酒を』】スポニチアネックス 2020年02月03日 18時35分」


・「『こんにちは赤ちゃん』『二人でお酒を』などの大ヒットで知られる歌手の〔梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さん〕が1月29日に亡くなっていたことが3日、分かった。76歳。福岡県出身」


・「〔ボサノバ娘〕のキャッチフレーズで1962年、シングル『ボッサ・ノバでキッス』でデビューした。翌63年、NHK『夢であいましょう』の今月の歌コーナーで発表された『こんにちは…』(作詞永六輔、作曲中村八大)がミリオンセールスを記録し、同年の日本レコード大賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも初出場し、69年まで7年連続で出場した」


・「64年には学習院初等科の同窓会に招待され、昭和天皇の前で『こんにちは…』を御前歌唱し、初の天覧歌謡曲となった。梓さんの代表曲となった一方で、清純派のイメージが固定化され、脱却できないもどかしさから猛反発して歌わない時期もあった」


・「74年には、あぐらを組んで歌う『二人で…』がヒットし、大人の歌手へとイメージを一転させた。同年の紅白に5年ぶりに返り咲き、76年に『メランコリー』、79年には『よろしかったら』がヒット。レパートリーは歌謡曲からポップスまで幅広く、60~70年代を代表する歌手となった」


・「92年には16年ぶりに紅白に出場し、〔中村さん〕の死去を悼んで『こんにちは…』を歌った。16年に〔永さん〕が亡くなった時には追悼コメントを発表し、同曲を歌うにあたって『いいかい、女性はみんな母性本能があるんだ。胸に玉のようなかわいい赤ちゃんを抱いていると思って歌えばいいんだよ』と、永さんからアドバイスを受けたことを明かしていた」


・「86年放送のフジテレビ系『さんまのまんま』では、〔明石家さんま〕(64)にシャンパンをかけ、お茶の間を凍り付かせた。その後、梓さんがさんまに謝罪し、番組の名場面集でも取り上げられる名シーンとなった」・・・


《死去した梓みちよさん》

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