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(いい夢を観させて貰った:重粒子線ペケ)

2020年01月08日
(いい夢を観させて貰った:重粒子線ペケ)


・右膝の痛さが年毎に募っているので、2000年(58歳)から19年間、『4がん5バトル』を闘わせて貰った【愛知県がんセンター】に暇乞いして【大阪市立大医学部附属病院】へ転院させて貰った私だが、今回の『5がん6バトル』目の〔肝細胞がん〕は最悪・最強のようだ。


・先ずは大阪では今は主流になっている『ラジオ波焼灼法』(ボールペンの芯型の長い針を、患部のがんに刺し、体外から450~480KHZの〔ラジオ波〕を流して「がんを100度で焼く」)に夢を賭けたが、血管が〔がん〕に近過ぎてダメ。


・全国に『陽子線センター』は17有れど、広大な敷地が必要な『重粒子線センター』は6つ。その6番目が大阪城の真ん前に鎮座している。1クール(例えば私の今回のがん。肺にでも転移したら2クール目となる)314万円。消費税入れたらナント3454000円とベラ棒だが、朝日生命に入ったショボい入院保険が進化していて、私の立て替えなしにOKだと解って、本日〔胸ワク〕で【大阪重粒子線センター】へ行った!


・結果は「肝細胞がんが、胃の近くに在るので重粒子線は使えない」というご託宣。『ラジオ波焼灼法』に次いで『重粒子線照射法』もダメになった。瞬間に頭を過(よ)ぎったのが〔宇田 博少年(当時)〕作詞作曲の【北帰行】の原詞の、なぜか3番・4番だった。


〈富も名誉も恋も 遠き憧れの日の 淡きのぞみ儚い心 恩愛我を去りぬ〉

〈我が身容るるに狭き 国を去らんとすれば せめて名残の花の小枝 尽きぬ未練の色か〉


・そうだ、『肝臓を切る』に逆戻りなんだ。それも1/3も。通常の人々は半年ちょっとで「元に戻る」そうだが、若い頃から「体の半分は酒」と豪語して来た私だ、肝硬変も進んでいる。私の肝臓は「蘇生しない」と診て良いみたいだ。肝不全でフラフラと生きる・・・無理だろうな。


・〔宇田 博〕氏は破茶滅茶な青春を送って、〔満州建国予備高〕〔一高〕〔旅順高〕と次々に放校処分されているが、後に〔東大〕をチャンと出て、TBSの常務にまでなっている。私の「90歳越え」は高望みだったのだろう。


・しっかしま、私も「あと5年」、82~83歳までは生きたいなぁ。【心に陽だまり(がん連戦と山頭火)】で闘病本にケリをつけ、あと1冊、戸籍上の本名に戻して【誰が言ったかオリベッティ・マフィア!(昭和を駆けぬけたセールスマン群像)】を書き残したい。これこそ〔私〕と、〔私と縁を結んでくださった方々〕への鎮魂歌だからだ。


・さぁ明日の朝は目覚ましかけて朝8時30分、【大阪市立大医学部附属病院】の私の主治医に電話しなきゃならない。


〈重粒子線センターはダメでした。ただ【大阪国際がんセンター】の診察券だけは呉れました。私はどうすれば良いのでしょうか?〉

〈先生の患者としてこのまま「切って」いただけるのか?【大阪国際がんセンター】の新規患者になるのか? はたまた【愛知県がんセンター】に舞い戻るのか?〉・・・と。

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コメント

そうでしたか、

厳しい選択ですね................。

ねね様、

年末から年始にかけて、楽しい夢を観させて戴きましたよ。
しっかしま、現実はこんなもんでしょうね、何となく90歳までは
生きなきゃと思っていましたが、どうあがいても82、3歳までの
私の寿命のようです。

それはそれでヨシとしたら、結構忙しいですよ。来週辺り開腹
手術のようですが、果たしてベッドが空いているかどうか?

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