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(〔中村哲医師〕を偲ぶ:とんだ所で〔玉井まん=【花と龍】さん〕)

2019年12月06日
(〔中村哲医師〕を偲ぶ:とんだ所で〔玉井まん=【花と龍】さん〕)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20191206/0001.html


・いやぁ、とんだところで〔火野葦平氏〕の名作:【花と龍】と凶弾に倒れた〔中村医師〕との接点である。あの一途さは「どこから来ていたのか?」と思っていたが、これも非業の最期を遂げた火野葦平氏がご両親の「侠客道」を綴った【花と龍】から来ていたのだ。


・主人公は、沖仲仕を束ねた『玉井組』の〔玉井金五郎親分〕、姐さんは〔玉井まん〕さん。姐さんの娘の子(火野の甥)が、中村哲医師だったのだ。つまり中村哲医師は、〔玉井まん〕さんの孫だった!「弱い者を守れ」の人生哲学・倫理観は、祖母譲りだったのだ!


・産経スペシャル・【[産経抄]12月6日】 から、「〔中村哲医師〕を偲ぶ」記事を以下。


・「【[産経抄]12月6日】産経スペシャル 2019.12.6」


・「アフガニスタン北東部に連なるヒンズークシ山脈は、氷河時代の遺物といわれるアゲハチョウの一種が生息することで知られる。10歳のころから、昆虫に夢中になっていた〔中村哲さん〕にとって、一度は訪れてみたい場所だった」


・「▼昭和53(1978)年、すでに医師になっていた中村さんは、地元福岡の山岳会の遠征隊に加わり、ようやく夢をかなえた。現地に親しみを抱いた中村さんは6年後、ハンセン病治療のために、『パキスタン・ペシャワル』の病院に赴任する」


・「▼当時、国境の向こう側のアフガンでは、〈旧ソ連の軍事介入〉によって、混乱の最中にあった。中村さんは大挙して押し寄せる難民の診療にもあたった。日本からの寄付金により、アフガン各地にも診療所をつくっていく」


・「▼2000年、アフガンは新たな悲劇に見舞われる。未曽有の干魃(かんばつ)により、『WHO(世界保健機関)』によれば、400万人が飢餓にさらされていた。診療所には、下痢で脱水状態になった幼児を抱いた若い母親が押し寄せる。治療どころではない。清潔な飲料水を確保するために始めたのが、井戸掘りである」


・「▼やがて荒れ果てた田畑を蘇(よみがえ)らせるために、『灌漑(かんがい)用水路の建設』に取りかかる。日本の伝統的な技術を独学で学び、自ら重機も運転した。70歳を超えても、現地で指揮をとる中村さんを、アフガン政府は『最大の英雄』と称(たた)えた。武装勢力による卑劣な銃撃がなければ、英雄の物語がまだまだ続くはずだった」


・「▼偉業の原動力はなんだったのか。『弱い者を守れ』。中村さんは母方の祖母から受けた説教が、自分の倫理観の根底にある、と著書に記している。伯父にあたる作家、〔火野葦平〕の代表作【花と龍】のモデルにもなった。剛毅(ごうき)な女性だったらしい」・・・


(解説)情報では、瑣末な〔利水権〕を巡る暗殺のようだ。

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コメント

侠気に満ちた幸せな男の一生でしたネ、おまけに華々しく凶弾に倒れ血飛沫に紅く染まって伴を連れての最期羨ましい
侠中村哲に 敬礼!!

藤城孝久さま、

コメント、有難うございました。あれだけの侠気(男気)の源は、
〔玉井まん〕さんの孫ですから、祖母だけでなく、当然〔玉井
金五郎〕氏の血脈も継承しています。

確かに今時、〔殉死者〕を大勢引き連れて「朱に染まってニッ
コリと」死ねる人は、ザラには居ません。

この年の瀬に、肝細胞がんから更に生き延びようとしている
私の凡庸さが、恥ずかしい想いです。しっかしま、私の
『5がん6バトル』の記録も、がん患者の方々に幾許かは
お役に立っているのか?と信じて、闘って参ります。

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