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([追悼]:中曽根大勲位の遺言)

2019年12月31日
([追悼]:中曽根大勲位の遺言)


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191231-00222799-diamond-bus_all


・私の高3担任が、東大時代の大勲位の親友だったみたいで。大勲位の肝煎りで創られた【高崎経済大学】に「小林、教え子をドンドン送り込んでくれ」とでも言われていたのだろう、恩師は熱心だった。「先生、そんな田舎に引き篭もったら遊べませんがな」と私は恩師のご厚意を踏み躙ったが、今や私が出た大学の偏差値を、高崎が上回っている。天罰だ!


・決して「好きなタイプ」では無かったが〔中曽根大勲位〕、間違いなく昭和史に輝く『名宰相』だった。このインタビュー記事は『民主党政権』時代のモノだが、


〈外交は外務省がやるものではなく、官邸がやるもの〉・・・に彼の信念が見え、

〈『平和福祉国家』『独立自尊国家』という2つの国家像を理想に掲げるべき〉・・・に彼の理想が見 え、

〈暗いが、小沢君(小沢一郎・前民主党幹事長)〕に、そういう気概を少し感じますね〉・・・に、彼 の人を見る優しさ


が感じられて面白い。長文だが、大晦日の読み物としてはタメになる。


・YAHOOニュース から、ダイヤモンド・オンライン の記事を以下。


・「【[追悼]中曽根康弘元首相が語った遺訓、『日本人であることに自信を持て』】ダイヤモンド・オンライン 12/31(火) 6:01配信」


・「まさに『巨星墜つ』の感がある――。日本が『世界の大国』の名を欲しいままにした1980年代に長期政権を担った、中曽根康弘元首相が死去した。中曽根氏は政界引退後も、日本の政治の在り方に警鐘を鳴らし続けた重鎮の1人である」


・「ダイヤモンド編集部は、民主党政権で〔鳩山内閣〕が崩壊し、政治の混迷が深まる2010年6月、氏に単独インタビューを行った。激動の戦後、高度経済成長時代、バブル経済時代、そして平成の『失われた30年』を、一貫して政治の第一線から見つめ続けてきた中曽根氏が、日本人に遺そうとしたメッセージとは何か」


・当時、2回にわたって掲載したロングインタビューの全文を、まとめて再掲載する。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部: 原 英次郎・小尾拓也、撮影/加藤昌人 *所属はインタビュー当時のもの)


●混迷を続ける日本の政治 長期政権を担った元首相の危機感


――昨年、戦後初となる本格的な政権交代が起き、長年政権を担っていた自由民主党が下野して、民主党政権が誕生しました。しかし鳩山政権は、発足からわずか8カ月目で崩壊。混迷を続ける日本の政界に、二大政党制は本当に根付いたのでしょうか? 評価を聞かせてください。


・「二大政党制が本格的に根付いたとは、まだ言えません。民主党は政策が安定していないし、支持勢力の恒久性も確立されていないから。政権をとった民主党も、復活を狙う自民党も、努力をしているのはわかります。ただ現実には、先の衆議院選挙によって2つの大きなブロックができただけの話であり、今の政治体制は、長期に続く国民の本当の意志の上にでき上がったものではない。このような状態では、『第三極』の台頭もあり得ない話ではないでしょう」


――自民党からは、〔渡辺喜美氏〕、〔鳩山邦夫氏〕、〔与謝野馨氏〕、〔舛添要一氏〕などが次々に離党し、既存の政党と合流したり、新党を結成したりしています。このような『第三極ブーム』は、今の二大政党が岐路にさしかかっているからでしょうか?


・「民主党にしても、元をただせば過去の自民党の分派に過ぎない。今までは一緒だったものが、2つに分かれて対立しているだけです。民主党も自民党も、新しい時代に対応するための内部的変化が自由に起き、それを昇華できない鬱屈の状態になっています。そういう状況だからこそ、片割れ分裂が少しづつ起きているのです」


・「今度の参議院選挙の結果いかんによって、再び政界再編が起きる可能性は十分あるでしょう。現在の新党の動きは、選挙結果を先読みして再編の先駆を期しているものです」


●政治家は国民の判定を 受けて成長するもの


――今度の参院選の結果をどのように予測しますか? 民主党は、経済・外交政策において引き続き苦しい立場に置かれており、支持率の回復も難しいと思われます。


・「ひょっとしたら自民党が多少優勢になるかもしれないが、まず互角でしょう。新党では、〔みんなの党〕あたりが票を伸ばし、他は伸びないでしょう。渡辺喜美君(みんなの党代表)は、お父上の〔渡辺美智雄氏〕に瓜二つです。お父上と能力も宣伝力も同じくらいはあると思う。ただし、個性や自己主張を持っている点が買われていても、解散総選挙を経ないとそれは定着したというわけではない」


・「政治家は、国民の判定を受けることによって自立し、成長していくもの。今の若いリーダーたちは、本格的な選挙を2~3度経験する必要があるでしょうね。政治家にとって、選挙はそれほど重要なもの。だからこそ、政界では政治家の当選回数が重視されるのです」


――中曽根さんは、首相在任中の1986年に衆参同日選挙で大勝した経験をお持ちです。政治家が厳しい選挙を勝ち抜くために、必要な資質は何でしょうか?


・「衆議院選挙の場合なら、解散総選挙に打って出る政治指導者の決断力の強さ、そして政治の進路に対する強い確信ですね。国民の支持を得るためには、自分の信念や決意を深く印象づけなくてはいけません。それはまさに『信頼される力』です」


●鳩山一郎元首相は政治家 としての真骨頂を示した


――しかし、今の政治家からはあまり強い信念が見えてきません。辞任した鳩山由紀夫首相に信念の強さを感じましたか?


・「昔の人ほど感じないです。失礼な言い方かもしれないが、いまだに母上から政治資金をもらっている『良家の子弟』という印象が拭えません。お父上の〔鳩山威一郎氏〕(元外務大臣)は、私の東大(東京帝国大学)の同級生でした。(由紀夫首相を)祖父の〔鳩山一郎元首相〕と比べれば、雲泥の差と言ってもいいかもしれない。一郎氏は、明治・大正を通じて鳩山家が持ち続けていた政治的な遺伝子を、明確に持っている人でした」


・「彼は、軍部に対抗して、官僚政治家ではなく政党政治家としての真骨頂を、政策においても政治的態度においてもはっきり持っていた。しかし、孫の由紀夫氏になると、やはりそういう面は見えなかった」


――その「弱さ」は何が原因なのか? 時代の流れで仕方ないことなのか? 政治家としての鍛錬が足りないのか、それともポリシーが弱いのでしょうか?


・「個性の弱さでしょうね。一郎さんは、明治以来の典型的な政治家でした。〔原敬〕も〔浜口雄幸〕も、戦前の首相には暗殺された人も少なくなかった。そういう場面を目の当たりにしているから、昔の政治家は強かったのでしょう」


・「彼らには、『暗殺も凶弾も恐れず』という気概があり、政治に身を奉げる気持ちや、一心不乱に努力する姿勢が、今の政治家とは比べ物にならないほど強かった。戦後の首相では、〔石橋湛山さん〕も印象的でしたね。彼はいわば『禅坊主』のような人で、政治家としての権威を持つ前に、人間としての権威を持っていた」


・「もともとジャーナリストだったこともあり、戦前軍部に面と向かって抵抗していた根性の座り方は、戦後のGHQ(占領軍最高司令部)に対しても変わらなかった。今の時代に、あれだけの信念を持った人は、そうそういないですよ。私も戦争に行って、勝つか負けるかで生死が分かれるという経験をしています。後の政治家人生は、その延長線上にあった気がする。しかし、今の政治家には、そういう気概が感じられませんね」


――今の時代に、それほどの気概を持った政治家はいるでしょうか?


・「〔小沢君(小沢一郎・前民主党幹事長)〕に、そういう気概を少し感じますね。彼には明朗さはないけれども、東北人特有の不敵さや根性を持っている。何回たたかれてもめげない。あれは、東京人にはない資質でしょう。しかし、暗い陰がつきまとう。明るさが見えない」


●首相時代に「風見鶏」 の姿勢を貫いた理由


――鳩山首相と共に幹事長を辞任した小沢さんは、かつて核武装論までタブー視せずに主張したほど、ポリシーの強い政治家でした。しかし、政権をとった後はどちらかというとそういうイメージが薄くなり、政策面では社会民主的な主張が多くなっていた気がします。なぜでしょうか?


・「基本的なポリシーは変わっていなくても、国民に対して『変化』を見せていたのでしょう。時代は絶えず変わり続けるもの。政治家もそれに合わせて変わっていかないと、時代に捨てられてしまう。だから、政治家は時代に鋭敏でなくてはいけない。小沢君は、そういうセンスを持っているのだと思います。しかしながら、〈民主党が政権をとるために社民党との連立を策した〉が、自主独立の要素も示さなければ駄目だった」


・「『不易と流行』(解説:「新しみを探求した流行こそが、実際は俳諧の不易の本質である」=芭蕉の理念)という意味ではないが、私も首相時代にはよく『風見鶏』と言われたものです。風見鶏は足許はしっかりしていて、体はいつも風の方向を向いている。不動の上に柔軟な対応も見せる。政治家には、時としてそういう姿勢も必要です」


――それにしても、今の民主党政権は足許さえおぼつかないように見えます。彼らが安定政権を維持するためには、どうしたらよいのでしょうか?


・「もっと自民党との基本政策の相違点を明確に打ち出して、独自の政策や財政基盤を固めていくことが、政党の信頼度を高めていくうえで必要でしょうね。自民と一線を画した基本哲学や政策を明らかにしていく。それこそが、自民党の対抗勢力としての民主党の信用を確立するための、大事な要素です。政権を維持しようとしたら、本来はそれがないとダメ。自民党と同じだったら、意味がない」


――では、民主党は何をアピールすればよいのでしょうか? 今、中曽根さんが首相を務められているとしたら、何を重視しますか?


・「やはり外交・安全保障問題でしょうね。ここには自民党と同じ点もあれば相違点もあり、これを明確にする。外交では、特に『対米・対中政策』が重要になります。民主党は旧社会党系の勢力を抱えていることもあり、これが徹底していない。『政権党だから自民党と違うところを見せようと』という気持ちが強いが、基本が乱れて外交や安全保障に対する取り組みには、大きな綻びが見えていました」


・たとえば、対米関係です。普天間基地の移設については、『外国だ』『県外だ』と議論が二転三転した結果、結局は現行案に戻ってしまった。移設先の立地や工法についても、『杭打ち方式』から自民党時代の『埋め立て方式』へと帰着している」


●迷ったときは国策の 継続的基本線に従うべき


・「そもそも外交には、国策が一貫して逸脱してはならない『一定の幅』があります。それを逸脱すると、その影響が対外関係全般に波及してきて、両国の関係を破壊する危険性さえあるので、本当に難しいものなのです。しかし民主党は、『これまでと違うところを見せよう』とするあまり、かえって混乱を招いてしまった。米国にしてみれば、これは明らかな違約。民主党は、あえてそれをやらざるを得ないという苦しい状況に陥っています」


・「野党が政権をとると、野党時代に言っていたことや、現実から遊離したことをあえて言わなければならない状況も出てくるもの。しかし、政権をとってみると、いずれはそれが無理であることがわかってくるものです。そのときは、国策の継続的基本線に従うことこそ肝要です」


――日本にとって日米関係は確かに最重要事項ですが、アジアにおける安全保障の重要性も増しています。鳩山前首相も「東アジア共同体構想」を唱えていましたが、今後、日本はアジアにおいてどのような舵取りが必要でしょうか?


・「それを論じるには、『基調がどこにあるべきか』をまず明確にする必要があります。基本的には、対米および自由世界を中心とした安全保障というベースに立つべきでしょう。それは、いわゆる『保守の純粋性』と重なるからです」


・「現在は、中国も自由社会の理念を尊重して、対外政策を運営している。その限りにおいては、日本も善隣友好の理念を持って、アジアの発展や発言力の増大を目指し、隣国に協力していくべきでしょう。『東アジア共同体構想』も賛否が分かれているが、私も長期的な理念としてはそれに賛成です。それを一緒に推し進めていく相手は、やはり中国でしょうね」


・「ただし、その際に重要となるのは、やはり首相のリーダーシップ。私も現役時代は、対米関係において米国の大統領と信頼感を築くことに尽力しました。トップ同士の関係が成立すると、その下で働く外務大臣もやり易くなる。〈外交は外務省がやるものではなく、官邸がやるもの〉です。それが私の命題でした」


●「ロン・ヤス」の 信頼関係を築くまで


――中曽根さんも、首相在任時には各国と太いパイプを作り上げました。外交とは、やはり首相の個人的な哲学や資質による部分が大きいのでしょうか?


・「現役時代は、米国の〔レーガン大統領〕、英国の〔サッチャー首相〕、中国の〔胡耀邦主席〕、韓国の〔全斗煥大統領〕といった各国首脳との信頼関係を築くために、外交努力に必死でした。特に米国のレーガン大統領とは、『ロン・ヤス関係』と呼ばれる信頼関係を築くことができ、お互いに共鳴し合う関係になれました」.

・「その経験から言えば、外交は政策よりも人間的な信頼感から得られる結果の方が多い気がします。〔小泉君(小泉純一郎元首相)〕のときもそうだが、今の政治家は外務省に頼り過ぎている気がする。官邸主導こそが外交の本旨であり、外務省は補助機関に過ぎないのです」


・「そういう哲学を持った首相は、これまで私以外にはほとんどいなかった気がしますね。〔田中さん(田中角栄元首相)〕はそれに近いポリシーを持っていたが、自覚を持ってやってはいなかった。あのときは、〔大平さん(大平正芳元首相)〕が外務大臣として入閣していたから、意識的にはやりづらかったのかもしれませんが」


●日中韓は今後もアジアの 発言権を強めていく核に


――韓国の哨戒鑑撃沈事件により、朝鮮半島は再び一触即発の状態に陥っています。北朝鮮問題は、アジアの新たな関係を築くうえで、障害になりませんか?


・「かつて私は、日韓中の三国トップ会談を主張して、それを実現した経験があります。それについては、今でも関係者から敬意を払われている。この三国は、今後もアジアの発言権を強めていくための核となります。北朝鮮のような特異な国家には、特別な対処が必要になります」


・「アジアの要となる中国と韓国との協力関係は、北を牽制してもらう意味でも重要ですね。ただし一方で、日本は米国と共同でそれを誘導していく必要もあります。やはり、アジア政策といっても、日米間の協力はこれまで通り必要でしょう」


―― 一方で、内政も重要なテーマです。リーマンショックに端を発する世界的な不況は、日本経済に深い爪痕を残しました。ここにきて、日本の景気は回復基調にあるものの、ギリシャの財政問題など新たな不安要因も出てきました。深刻な財政赤字や少子高齢化など、国の根本を揺るがしかねない構造的な問題も少なくありません。今後日本は、どんな国を目指していけばよいでしょうか?


・「これも悩ましい問題ですね。これまで述べてきた対外戦略も、国内の政治がしっかりしたうえで展開されるべきものだから、民主党は対外戦略の妨害にならないよう、内政もきっちりやっていくべき。その際に、『平和福祉国家』『独立自尊国家』という2つの国家像を理想に掲げるべきでしょう」


――中曽根さんは首相在任中に、プラザ合意で円高を容認する代わりに、国鉄(現JR)、電電公社(現NTT)、専売公社(現JT)の民営化や金融緩和策などを通じて、内需拡大にも力を入れました。不況下にある現在の日本でも、内需拡大政策を続けるべきでしょうか?


・「現在の民主党がやっているように、内需拡大政策は確かに必要な時期もある。しかし長期的には、内需拡大に過度に目を向けるだけでなく、外にも目を向けるべきでしょう。途上国支援は、支援した国々が発展した後に、日本も莫大な経済効果を期待できるという意味においても、重要な政策。日本も明治以来、先進国の経済をモデルにして発展してきました」


●内需拡大ばかりでなく 外にも目を向けよ


・「そして、東京五輪で経済成長がピークに達した後、今度はアジアの途上国に対する支援協力に乗り出しました。それまでは日米間の貿易摩擦が最も重要視されていたが、繊維・自動車問題を抑えて、アジアに本格的に目を向けたのです」


・「今では、これまで援助してきたアジア諸国の多くが経済発展を遂げています。ただし、科学技術や文化では、日本はそれらの国に対してまだまだ先行している。アジアに対して善意を持って助言や協力を行なうことは、日本経済の発展のためにも、ますます重要になると思います」
.

――現役時代には、予算編成の見直しや税制改革を通じて、財政問題にも積極的に取り組みましたね。


・「『増税なき財政再建』を唱えて発足した第二臨調(第二次臨時行政調査会)は、〈予算編成権を大蔵省から取り上げた初のケース〉でした。民主党は、今また同じようなことをやろうとしている。これについては評価できます。しかし、どこが主体になってやっているかが、国民には全く見えてこない。これまで、首相の指導力が見えてこなかったのです。我々の時代には、税制改革などは首相の先権事項として進めるべきものだったが、今は違います」


――民主党も事業仕分けなどを通じて、財政健全化に向けた努力をしています。しかし、全体的な戦略が官邸からは聞こえてきません。自民党との違いを出したいなら、予算や税制についても明確にする必要があるでしょうね。


・「その通りですね。こういった問題は、官邸を中心とする高度な専門委員会が現実的に処理すべきでしょう。財務省が主導するのではなく、首相直轄の附属機関に権限を集約していく。その意味では、今の国家戦略室も、名前だけで力がないと言わざるを得ません」


●首相の思いは 一種の「狂気」である


――それに取り組むのは、並大抵のことではないでしょう。中曽根さんは以前、著書の中で「首相の思いは一種の狂気だ」と語っていました。それくらい気概のある政治家はいるでしょうか?


・「〔小沢君(小沢一郎・前民主党幹事長)〕ならある程度はできるでしょう。だけど、新首相の菅君(菅直人)は多面的過ぎて個性が弱いから、少し不安が残る。私は国鉄改革をやったときに、まず国鉄総裁をクビにするところから始めました。財政改革も、それくらいの強い思いがないと実現できないでしょう」


――現在の日本は岐路に立たされています。今後はどのような国を目指していくべきでしょうか? 中曽根さんが考える「国作りの大局観」について聞かせてください。


・「政治においては、日本が国際国家という自覚に立って、国際協力に挺身できる体制を整えることが大切です。同時に国内では、教育や福祉の充実を通じて、そういった国際的な考え方を、国民1人ひとりが持てるようにするべき。英国が大西洋の要であるように、日本は太平洋の要です。周囲を海に囲まれている日本は、内に籠もるのではなく、国際国家として生きていくしかない。貿易のみならず、政治や文化においても、日本の価値観が世界から共感を得られるように、アピールしていくことが大切でしょう」


●国家は自分の中にある 日本人よ、自信を持て


――しかし、かつて日本人が持っていた美徳や価値観はかなり薄れてしまっていますね。


・「これは残念な現実ですね。日本では2000年ものあいだ、天皇制をベースにした共同体が続いてきた。これほど安定した国家は、世界でも稀有な存在でしょう。『わびさび』『もののあはれ』も、西洋にはない日本人独自の価値観です」


・「それを基にして、生活文化のベースができている。日本がこういった独自性を示すことは、世界の文明に貢献することにもつながると思います。だから日本人は自信を持ってよいし、もっと多面的視野からモノを見ることもできるはずです。私も首相時代は、サミットで外国の元首と議論するときに引けをとらないように、日本人であることの誇りや自信を常に胸に秘めていたものです」


――中曽根さんは著書の中で、よく「自分の中に国家がある」という言葉を使われています。日本人は、そういう気持ちをもっと自覚するべきでしょうか?


・「そういう気持ちが薄い若い世代でも、五輪などの国際競技では、皆日本のために必死に応援します。そう考えれば、畳の上で米を食べて育ってきた昔ながらの日本人の価値観を、本質的には皆持っているはずです。政治に関して言えば、政治家が自信を持ち、国民がそれを応援する気持ちを養って行くべき。それは決して小さなナショナリズムではなく、世界に通用する日本の文化力を養う意味でも、大事なことだと思います」・・・


☆中曽根康弘(なかそね・やすひろ)/1918年生まれ。群馬県出身。東京帝国大学法学部卒。元衆議院議員、内閣総理大臣。1997年大勲位菊花大綬章受章。内務省、大日本帝国海軍を経て47年に衆議院議員初当選、以後連続20回当選。自由民主党で科学技術庁長官、運輸大臣、防衛庁長官、通産大臣、自民党総務会長、自民党幹事長などを歴任し、82年から87年まで内閣総理大臣(第71・72・73代)を務める。首相在任中に行なわれた主な政策は、国鉄・電電公社・専売公社の民営化、プラザ合意など。2003年政界を引退。財団法人世界平和研究所会長、新憲法制定議員同盟会長などを務める。2019年11月29日没。


★中曽根康弘氏のご冥福をお祈り致します(ダイヤモンド編集部/小尾拓也)

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