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(伝説の〔吉備真備(きびのまきび)〕の足跡発見!)

2019年12月27日
(伝説の〔吉備真備(きびのまきび)〕の足跡発見!)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20191227/0001.html


・これってホントは『奇跡的ニュース』扱いではないのか?それとも来春の桜時、〔習近平〕の『国賓来日』を推進する一派の陰謀なのか?


・〔吉備真備(きびのまきび)〕・・・日本史では避けて通れない『大陸文化』の日本への〔伝達者=偉人〕の足跡発見!という、大ニュースだ。私のように只々「長生きしたい!」という欲深い凡人には、「あの時代、81歳まで生きた!」ということだけでも、仰天記事である。


・産経スペシャル・【[産経抄]12月27日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]12月27日】産経スペシャル 2019/12/27」  


・「『米ボストン美術館』が所蔵する名品のひとつに、平安後期の絵巻物『吉備大臣入唐絵巻』がある。主人公は、奈良時代の遣唐使の一人だった吉備真備(きびの・まきび)である」


・「▼真備の才能を恐れた唐の皇帝は、さまざまな難題をふっかけた。同じく留学生として唐に渡り現地で客死した、〔阿倍仲麻呂〕の霊の力を借りて乗り越えていく。空を飛んだり、太陽と月の動きを封じて真っ暗にしたりと、真備と仲麻呂の人間離れした活躍が描かれている」


・「▼実際の真備は2度の遣唐使経験をへて、帰国後は政権中枢の右大臣にまで上り詰め、81歳で没する。奈良時代を代表する政治家である。もっとも直接資料がほとんど残っておらず、17年間に及ぶ入唐時代の活動も謎に包まれていた」


・「▼その真備が筆をとったとみられる墓誌が、中国で見つかった。唐王朝で外国使節の接待役などを務め、734年6月に52歳で亡くなった役人の墓石に刻まれていた。文末に『日本国朝臣備書』とあるのが、書き手の真備を指すと判断された」


・「▼事実なら国内外で初めて確認された〔真備の書〕となる。日本の国号が成立したのは、7世紀の後半とみられる。まだ国際社会ではなじみの薄い国号を、当時40歳前後の外交官だった真備が必死にアピールした史料としても受け取れる」


・「▼外務省が、昭和30(1955)年から63年までの外交文書を一般公開した。そのなかには、63年の〔竹下登首相〕の訪中をめぐり外務省が首相に靖国神社不参拝を求めたことを示す資料も含まれていた」


・「〔阿比留瑠比記者〕はコラムで、中国を専門とする外務官僚、いわゆる『チャイナスクール』の中国当局への忖度(そんたく)が行き過ぎていたのではないか、と指摘していた。真備なら、『後輩』たちの仕事をどう評価するだろう」・・・

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