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([ラグビーを書く] 王様とそろばんと南の島の選手たち)

2019年10月09日
([ラグビーを書く] 王様とそろばんと南の島の選手たち)


https://www.sankei.com/sports/news/191009/spo1910090002-n1.html


・産経論説委員で作家でもある〔別府育郎氏〕の文体が好きだ。[日曜に書く]を担当している氏が、[ラグビーを書く]を書いている。トンガの巨体の〔王様〕と〔そろばん〕と〔ラグビー〕の不思議な縁だ。面白い。


・産経ニュース・[ラグビーを書く] から、記事を以下。


・「【[ラグビーを書く] 王様とそろばんと南の島の選手たち 別府育郎】産経ニュース 2019.10.9 12:00」


・「ラグビーのワールドカップは日本代表の快進撃もあり、大いに盛り上がっている。日本代表は『ロシア』との初戦を制し、優勝候補の一角『アイルランド』を逆転し、南海の雄『サモア』のパワーに苦しめられながら、最後はボーナスポイントを手にする4トライ目で激戦を制した」


・「サモアの代表は登録31人中30人までが欧州、ニュージーランド、豪州、日本などを舞台に活躍するプロ選手だ。レジェンドと呼ばれる司令塔の〔トゥシ・ピシ〕や切り札の〔ナナイウィリアムス〕は日本のトップリーグでもおなじみの選手。逆にサモア戦でトライを挙げた日本の〔ラファエレ〕は、サモア出身の選手だ」


・「世界のラグビー界を席巻しているのは今や、『サモア』、『フィジー』、『トンガ』といった南海の島国にルーツがある〈アイランダーたち〉である。日本代表の強化もこのアイランダーとの融合がもたらした効果が大きい」


・「そのきっかけは、『そろばん』が作った。話は、昭和50年にさかのぼる。38年に創部した『大東文化大学』のラグビー部は49年に悲願の関東リーグ戦初優勝を果たした。そのご褒美に翌年、ラグビー部はニュージーランドに遠征した」


・「引率は当時のラグビー部長、〔中野敏雄教授〕である。後に名部長とうたわれる中野氏も当時は新任、ラグビーに関しては素人で、興味もない。遠征の帯同はたいくつで、大学に内証で逃避行を決め込み、南海の楽園トンガ行きの飛行機に乗り込んだ。以下は、中野氏に聞いた話による」


・「飛行機で隣り合わせた紳士が、ため息ばかりついている。聞けば紳士はトンガの文部次官、〔ナ・フェイフェイ氏〕といい、彼が愚痴るところによれば『局長以上の高官は年に一回、宮廷で相撲を取らされ、そろばん大会に参加させられるのです。それが憂鬱で』とのことだった」


・」親日家でなった国王、〔トゥポウ4世〕の趣味と信念である。ちなみにトゥポウ4世は190センチ、200キロの巨漢で『世界一大きな王様』としても有名だった。(解説:確か『日本大相撲』への外国人力士の草分けもトンガ人4名だったが、シゴキに耐えかね望郷の念が募って逃げ帰ってしまった!)


・「中野氏の専門は商業簿記で、実弟は中野珠算塾の塾頭だった。『実は私もそろばんの指導者でして』と名乗ると、ナ氏の顔色が変わった。喜色満面である。中野氏がトンガのホテルに到着すると、すぐに王宮から大型車が迎えに現れ、そのまま国王に謁見することになった」


・「国王とのそろばん談義は予定時間を過ぎても一向に終わらず、今度は国王の愚痴を聞くはめになった。『私も小学校を回って指導するのだが、どうもわが国の子供は覚えが悪い』」


・「中野氏が『恐れながらそれは、国王の指導法が悪いのではないでしょうか』と切り出すと、さすがに国王は『それならあなたがやってみろ』と答えた。こうして中野氏は本格的にトンガでのそろばん指導に乗り出し、『トンガ珠算教育協会名誉副会長』を委嘱された。会長には、中野氏を国王に引き合わせた功績から、ナ氏が就任した。順調な指導の成果に気をよくした国王はさらに中野氏に、大東文化大での留学生の受け入れを要請した」


・「中野氏が心配したのは、南方系特有の強いホームシックだった。そろばん以外に何か打ち込めるものがあれば、それも団体競技ならよりいいと、『ラグビーができる子』と条件をつけた。こうして選ばれた一期生が後に日本代表として桜のジャージーを着る〔ホポイ・タイオネ〕と〔ノフォムリ・タウモエフォラウ〕だった」


・「二期生には宿沢ジャパンのナンバー8としてスコットランド戦大金星の立役者となった〔シナリ・ラトウ〕や俊足ウイングの〔ワテソナ・ナモア〕がいる。トンガにおける留学のランクは『オックスフォード』と『ケンブリッジ』に大東文化大学が並び、実際にホポイは『オークランド大の医学部』を蹴って大東大に進み、ナモアは全トンガの高校生で成績がトップだったという」


・「こうしてトンガ選手の日本での成功がサモアやフィジーからの選手の来日を後押しし、日本の社会や文化に魅入られた多くの選手が長期の滞在を経て、帰化するようになった。それが現日本代表の礎である。ホポイやノフォムリの奮闘が、現在の〔リーチ〕や〔マフィ〕の活躍に、連綿と続いている。(別府育郎)・・・


《ラグビーW杯・日本対サモア戦 前半 トライを決める日本のラファエレ・ティモシー=5日、豊田スタジアム(山田俊介撮影)》

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