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(奈良の秋かぁ、懐かしい!)

2019年10月23日
(奈良の秋かぁ、懐かしい!)


https://special.sankei.com/f/naniwa/article/20191023/0001.html


・昨日の「体調話」で懐かしく思い出した30年付き合った〔JOEさん〕である。私より2年年長だったが小柄で、ダッフルコートが良く似合うお洒落な人だった。私53歳での「唐突な別れ」だった。そして〔奈良〕というと彼を思い出すのだ。


・彼は37歳まで独身だったので、私とよく旅をした。奈良も彼と行ったのだ。夕暮れ時、お寺の鐘が鳴って白い土塀が両側に続く道。突然彼が「友さん、宮本武蔵になった気分で、この道を疾走してよ」と言い出した。彼は100m位先で、チョコンと階段に坐っている。


・「武蔵がこんな道を走ったっけ? あ、錦之助の武蔵が走ったか?」と、未だ痩身だった私は適当な木の枝を右脇に構え、「心は武蔵になって」疾走した。JOEさん、拍手喝采だった。今となっては何で私が疾走し、彼が拍手喝采だったのかは分らないが、彼にとっても私にとっても、互いに『心友』だったことは間違いない。


・産経スペシャル から、[浪速風] の記事を以下。


・「【[浪速風] 子規の息吹感じる古都の秋】産経スペシャル 2019.10.23」


・〈柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺〉。俳人、〔正岡子規〕が明治28年10月末、生涯最後の旅で訪れた奈良で詠んだ句はあまりに有名だ。随筆で柿をむいてくれた少女を『梅の精』とほれぼれと見とれ、食べていると東大寺の鐘が鳴ったと書く」


・「▼子規は法隆寺も訪れたとされるが、句の着想は東大寺の鐘を聞いたときに得たともいわれる。子規の泊まった旅館跡で『子規の庭』=奈良市今小路町=が無料開放している。同地にある日本料理店『天平倶楽部』が子規が見たであろう柿の古木を見つけ、子規顕彰のため整備した」


・「▼子規の『書斎及び庭園設計』と題した文と挿絵に沿い〔子規好み〕の草花を植えた。子規の義理の孫の〔正岡明さん〕が庭園設計業を営んでいたことから設計を担った。子規が奈良に来た10月26日は『柿の日』。柿は台風被害を免れ赤く色づき、同店女将の〔中塚隆子さん〕は『名句が生まれた情景を感じて』。東京・根岸や松山ではなく、古都で子規の息吹を感じる秋も楽しい」・・・

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