« (衰弱・文在寅政権に金正恩氏が見舞う「トドメ」の一撃) | トップページ | (主治医とジックリ電話を:『原発性肝細胞がん』に決まりの様子) »

(只今帰阪しました。悪い予感的中です!)

2019年10月16日
(只今帰阪しました。悪い予感的中です!)


・年金暮らしで、「入院・手術保険を2つ掛けているのは贅沢。1つだけにしよう。しっかしま、こういうのは『お守り』みたいなものなので、何か無ければ良いが。80歳までに『もう1回』がんバトルを闘わなければならない悪い予感が胸の奥に有るがなぁ・・・」


・でも「背に腹は替えられず」通販系の外資保険は止めた。そして昨日の『腹部・胸部CT』撮影。私の肝臓は分厚い脂肪肝でこの19年、CTでは写らずズッとMRI撮影。だから毎回「胃がんが浸潤して、膵臓始めアチコチに転移してなければいいが」と。今回も同じ思い。


・先般ぶっ倒れて、「絶食2日・禁酒9日の日々」が有ったせいか、今回「雲の晴れ間」のようにCTが『私の肝臓』を捉えていた。CEAも2.0(下限値5.0)、CA19-9も23.9(下限値37.0.)と正常なのに、直径4cmほどの〔がん〕がクッキリ写っていたのだ!


・【生還へのフォアボール】に書いているように、「原発がんは、己を誇示するように白く輝いているが、転移がんはヒッソリと内臓に同化したように隠れている」と。だが本日〔山浦秀和ドクター〕と何度EIZOの大画面を見ても、「同化しながらクッキリと境界線」は描いていた!紛れもない『転移がん』だ。


・私の勘だが、『胃がん』の転移ではなかろう。末期大腸がんからの転移がんの1つが、肝臓内部に潜り込んでいたのではないか?


・2001年に〔荒井保明ドクター〕の『肝動注』による抗がん剤25回の空爆で、肝臓表面の大腸からの多数個の転移がんは消せた。1個「肝臓の裏側」に逃げ、2cmに成長した転移がんは、2008年に〔佐野力ドクター〕の開腹手術(近接部位の胆嚢も切除)によって消せた。


・以降は〔田近正洋ドクター〕による胃がん(2008年は分化型。2015年は未分化型)の2回に及ぶ『内視鏡剥離手術』である。胃がんが浸潤するなら、胃の裏側の膵臓だろう? この「私の肝臓内でヌクヌクと〔4cm丸〕にまで成長した『転移がん』は、天草の残党ではないが、恐らく「私が最初に〔死〕を感じた」大腸がんの末裔だろう。


・私ももう77歳、両親から貰った特級の肝臓も、長年の大酒で「肝硬変による萎縮」も見られる。この歳になって『全身抗がん剤』は勘弁だが、さりとて「全身麻酔・開腹手術に耐えられる、手術が出来るのかどうか」の検査入院が待っている。


・10月28日(月)午前11時30分入院、1泊か2泊の「手術が出来るのかどうかの検査入院=6階・放射線診断部病棟」は決めて来た。神も試練好きだよなぁ。「ここを先途」と乗り切らなければ、私には『人生100年時代』は呉れないのだろう。


・2008年の東京のM子さん(ドクターの奥様)からの、私の携帯へのお祝いのメールを思い出す。「血の塊のような肝臓を切られて輸血なしとは、その恵まれた強靭なお体だけでなく、いつも担当医に恵まれるご運のお強さを感じます」・・・うぅん、あれから11年経っているしなぁ。


・絶対「100までは鼻歌で生きる!」と信じていた〔カネヤン(金田正一氏)〕が86歳で逝ってしまった。ショックだったが、『4がん5バトルの戦場の風に曝されている私』がここで瞑目するのも、私如きを応援してくださっている方々にも失礼だ。


・肝臓は「戻る」と言われているが、果たして77歳・肝硬変に近い私の肝臓は、復活能力が有るのか? 何とも悩ましい今回の【愛知県がんセンター】巡礼だった。織伊よ!友作よ!「頑張るのだ!」とさっき声を上げたが、声が裏返っていた、クソ! どうする〔友〕ちゃん!

« (衰弱・文在寅政権に金正恩氏が見舞う「トドメ」の一撃) | トップページ | (主治医とジックリ電話を:『原発性肝細胞がん』に決まりの様子) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« (衰弱・文在寅政権に金正恩氏が見舞う「トドメ」の一撃) | トップページ | (主治医とジックリ電話を:『原発性肝細胞がん』に決まりの様子) »

最近のトラックバック

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ
フォト