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(カネヤン評伝:優しさとプライドと)

2019年10月06日
(カネヤン評伝:優しさとプライドと)


https://www.sankei.com/sports/news/191006/spo1910060042-n1.html


・実は私も若い頃、名古屋某所の普通の寿司屋で〔カネヤン〕を見たことがある。L字型のカウンターの奥、独りだった。何も言われなくても大将が大きな有田焼か何かの鉢を横に置く。酒は呑まない。


・大将は黙々と寿司を握って出す。〔カネヤン〕はシャリをパラパラと鉢に落とし、少しのシャリでパクパク平らげて行く。やがて落としたシャリが鉢に一杯になるまで『握り』を堪能して帰って行った。一緒に居た友に、「ネタだけ食えばいいのに」と言うと、「それじゃぁ寿司にならない。シャリの分量を自分で制限しているんだろ」と言う。


・シャリを落とした分だけ、人の四~五倍は『寿司ネタ』と食うが、『シャリ』は制限されることになる。魂消ると同時に、「ホントの金持ち」を見た感じがした。遠い〔カネヤン伝説〕を今、私なりに思い出している。


・産経ニュース・[評伝]金田正一氏 から、記事を以下。


・「【[評伝]金田正一氏、400勝投手の優しさとプライド】産経ニュース 2019.10.6 22:27」


・「夜10時を回った頃、邸宅に続く坂の上から、大きな声が聞こえてきた。『おお坊主、こんな寒い中どうした。まあ上がれ』 そう言って〔金田正一さん〕はいつも、記者を暖かいリビングに招き入れてくれた」


・「当時は入社3年目。球団フロントに人脈のないまま、ストーブリーグの題材を求めて夜討ちをかけていた。余裕のない表情を見せる記者に、金田さんは必ず何らかの“お土産”を持たせてくれた。『気をつけて帰れよ』と優しく肩をたたきながら」


・「平成2年からの2年間。〈2度目のロッテ監督時代〉に、『サンケイスポーツ』で担当を務めた。通算400勝のレジェンドは雲の上の存在だったが、監督は担当記者をチームの一員と考え、真摯に相手をしてくれた」


・「金田さんに恐怖を感じたことが一度だけある。3年のシーズン終盤、ご自宅で進退を確かめようとしたときだ。『何を聞いとるんだ。ワシが辞めさせられるようなことはありえない。あったとしたら天地ひっくり返るワ』」


・「自身の立場が脅かされることには人一倍敏感だった。球団側は〔解任〕で動いていたが、最終的には〔退任〕を申し入れ、〔勇退〕の形を取った。絶対に譲れないプライドだった」


・「退任後10年以上経って、週1回の連載を担当することになった。70歳を過ぎてすっかり穏やかになった金田さんはしかし、ひとたび若い投手の話になると、すぐにスイッチが入った。当時楽天の〔田中将大〕(現米大リーグヤンキース)を評して『もっと投げ込まなきゃいかん』。思い余って本人にそのままの言葉を伝えに行く熱さがあった」


・「投手は投げ込むことによって、長い間投げ続けられる理想的なフォームを見つけられる-。言葉には400勝投手としての『真理』が込められていた。まだまだお話をうかがわなくてはと思いながら、ご無沙汰してしまったことが悔やまれてならない」


・「鹿児島キャンプで金田さん自慢のカーブを受けられたことを、一生の宝にしたい。(山根俊明=平成2、3年ロッテ担当)」・・・


《国鉄スワローズ時代の金田正一氏=昭和30年》

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