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(だれが天皇の靖国参拝を阻止しているのか)

2019年08月15日
(だれが天皇の靖国参拝を阻止しているのか)


https://news.google.com/articles/CBMiH2h0dHBzOi8vaXJvbm5hLmpwL2FydGljbGUvMTMxOTjSAQA?hl=ja&gl=JP&ceid=JP%3Aja


・靖国神社は、本来、幕末・戊辰戦争の「官軍の戦没者を祀るために創建された」ものであって、いくら大東亜戦争の戦没者が膨大な数であったとしても、靖国創建の主旨からすれば『8月15日』に特別の意味を持たせてはならない。『靖国春・秋の例大祭』こそが正式な参拝日なのだ。


・8/15の敗戦から、日本には「戦争の歴史」が無いので、『8/15』だけがクローズアップされるが、これからは『靖国春・秋の例大祭』の参拝こそが閣僚及び天皇行幸の「参拝の日」と決めたらどうなのか?


・意外や意外!『内閣法制局』が決定権を持っていたのは驚きだが、近隣諸国には主旨を良く説明し、〔三木武夫〕発案による『私的参拝』などは廃し、参拝は『公式』ということも浸透させるべきだ。


・外国からの賓客は『明治神宮』、国内の閣僚・天皇は『靖国神社』と区分けすれば、『チャイナ』や『半島』にギャーギャー言われる筋合いは無い。本日『8/15』は、『一般庶民の参拝の日』と決めておけば、更に言うこと無し!


・GOOGLEニュース から、IRONNNA・倉山満氏(憲政史家、皇室史学者) の記事を以下。


・「【だれが天皇の靖国参拝を阻止しているのか】IRONNNA・倉山満(憲政史家、皇室史学者)2019/08/15」


・「時宜にかなっていない正論は、単なる愚論よりも質(たち)が悪い。あきれたニュースが飛び込んできた。なんと、靖国神社が昨年、『天皇陛下には8月15日に靖国神社に参拝してほしい』と宮内庁に正式に申し込み、断られたというのだ。多くの媒体が報じているが、誤報ならば靖国神社は即座に訂正の申し入れをし、否定すべきだ」


・「仮に事実ならば、〈愚か者の所業〉としか言いようがない。『天皇陛下には8月15日に靖国神社に参拝してほしい』は保守商売の常套句だが、靖国神社までもがこの程度の愚論に与したとあらば、あきれかえる他ない。何が愚論なのか。三つの理由をあげる」


・「(第一)は、靖国神社とは何かを分かっていないことである。そもそも靖国神社は、戊辰戦争の官軍の戦没者を祀るために創建された。それがやがて、日本国の戦いに尽くしてお亡くなりになられた方を祀る神社となった。言うまでもなく、靖国は大東亜戦争の戦没者だけを祀る神社ではない。たとえ、靖国に祀られている英霊の大半が、大東亜戦争の戦没者であっても、この本質は変わらない」


・「よって、8月15日に特段の意味はないのだ。なぜ、天皇陛下が8月15日に靖国神社を参拝しなければならないのか? 先例はあるのか? いかなる理由に基づくのか? まさか、『天皇が8月15日に靖国に来ると、自分たちの気持ちがいい』ではあるまい。それこそ、天皇の政治利用だ」


・「靖国神社は本来、国のために命を捧げた人に静かに感謝する場所である。政治に利用する場所ではない。では、誰が靖国を政治に利用したかを思い出さねばならない。この話は、意外と忘れられているか、そもそも知らない人が多いと思われるので、少し詳細に述べる。これが、(第二)の理由となる。話は、〔三木武夫内閣〕に遡(さかのぼ)る」


・「三木武夫はニューライト(今で言うリベラル)を標榜しており、自民党では保守傍流。それどころか、本当に保守政治家かどうかを疑われていたほどだった。その三木が権謀術数の限りを尽くして、前任首相の〔田中角栄〕を失脚させ、総理の座を奪い取った(徳島代理戦争~金脈政変~椎名裁定)。昭和49年12月のことである。しかし、総裁選で多数の支持を集めての勝利ではない。政権基盤は不安定だった」


・「当時の自民党五大派閥領袖は、〔田中角栄〕、〔福田赳夫〕、〔大平正芳〕、〔三木武夫〕、〔中曽根康弘〕の5人。このうち、明確な主流派は、当時自民党幹事長だった中曽根のみ。田中と大平は政権発足当初から、隙あらば倒閣を仕掛けかねない反主流派と目されていた。よって、どうしても福田の支持を必要としていた」


・「ここで三木が利用した政策が二つある。一つは『金権政治批判』である。前任の田中が不透明すぎる錬金術を世間に批判されて退陣に追い込まれただけに、三木はことさら『クリーン』を利用した。田中は総理総裁の椅子を奪い取るのに大掛かりな買収を仕掛けたが、これに敗れた福田は怨念を抱いている。そもそも、三木と福田は田中内閣の閣僚でありながら、その金権体質を批判して大臣の辞表を叩きつけた仲だ」


・「そしてもう一つが、〈靖国参拝〉である。福田の周りには、タカ派政治家が集まっていた。特に、若手議員が超派閥的に、『青嵐会』を結成し、党内を席巻していた。中心議員は、〔中川一郎〕、〔渡辺美智雄〕、〔石原慎太郎〕ら。青嵐会は『福田派別動隊』『福田親衛隊』と化していた」


・「三木は、青嵐会の中心人物である彼らを懐柔する。あまりの接近ぶりに、ニューライトで三木の信奉者だった〔河野洋平〕などは、失望して自民党を脱党したほどだった(新自由クラブ)。三木はマスコミ受けを狙いニューライトを標榜していたが、特に堅固な思想があるわけではない。政権維持のためなら、青嵐会と手を組んだ。そして、彼らが要求する『8月15日の靖国参拝』をのんだ」


・「8月15日が特別な意味を持つのは、ここからである。三木はバルカン政治家と言われた策士である。青嵐会の若手如きの言いなりになる政治家ではない。三木は『私的参拝』であると、必要以上にマスコミの前でアピールした。公用車を使わず、タクシーの支払いもわざわざ胸の内ポケットから自分で財布を出すところまでカメラに撮らせた」


・「8月15日が特別な意味を持つようになったのは、〈考えなし保守が、権力亡者の自民党政治家に利用された、政治の産物〉に過ぎないのだ。これに輪をかけたのが、中曽根だ」


・「昭和60年、中曽根は首相として初めて、『8月15日に靖国神社を公式参拝』する。ところが、翌年は諸外国の圧力に屈して取りやめてしまった。ここに、『参拝が、公式か私的か』『8月15日に行くかどうか』『そもそも参拝するかどうか』が、内政のみならず、国際問題と化す」


・「唯一、毎年参拝した首相が〔小泉純一郎〕で、退陣が決まっていた政権最後の年に、ようやく公約通りに8月15日に参拝した。そして〔安倍晋三首相〕は二度の政権において、第二次内閣の平成25年12月26日に参拝したのが唯一だ。第二次安倍内閣は、靖国神社で最も大切な行事である、〈春秋の例大祭に参拝する〉ことで決着を付けようとしていた。ところが、力が足りず今に至る」


・「6年も政権を独占している首相が参拝できないのに、天皇陛下に、よりによって8月15日に参拝せよなど、何がしたいのか? その後の責任を、誰も取れないではないか? 私は、日ごろは宮内庁の態度に批判的だと自負しているが、報道で言われているように、天皇陛下に8月15日に参拝してほしいとの依頼を断ったとしたら、当然だと考える。私でも断る」


・「さて、根本的な問題である。なぜ、天皇陛下は靖国神社に参拝できないのか。今この状況で『8月15日に参拝せよ』などと迫ることが、この本質から目を背けさせる。これが愚論である、(第三)の理由だ。もちろん、政治問題化し、総理大臣が参拝できないようなこじれた状況になったから、ということなのだが、より直接的に阻止している勢力の存在が、どれほど知られているだろうか」


<はっきり言うが、内閣法制局が阻止しているのである>


・「三木は、初閣議で全省庁を敵に回した。役所に何の根回しもせず、滔々(とうとう)と閣僚を相手に所信を演説した。完全に宣戦布告である。官房副長官だった〔海部俊樹〕の下には、慌てた官僚たちから苦情と悲鳴と問い合わせが殺到したとか。三木は、その2年の政権で、官僚機構を敵視し、実際に振り回し続けた。ただし、例外が二つある」


・「一つが『検察庁』。三木内閣を語る上で、ロッキード事件での田中角栄逮捕と、その際の検察との蜜月は欠かせない。こちらはよく知られている。もう一つが、『内閣法制局』である。三木内閣の史料を渉猟していると、政局の節目や重要政策の決定において、内閣法制局が登場する。三木の『私的』参拝は、法制局の見解なのである」


・「法制局は中曽根内閣の『公式』参拝にも、日本国憲法第二十条の政教分離を理由に多くの注文を付けた。結果、靖国神社に多くの失礼を働く結果となった。そして、小泉内閣は『私的』参拝で通した。法制局見解が『私的参拝ならば、政教分離の原則と抵触しない』との見解だからだ」


・「話を昭和50年の三木首相靖国神社参拝に戻す。これが社会党から国会で問題にされた。これに対する、当時の法制局長官、〔吉國一郎〕は、『天皇の行動があらゆる行動を通じて国政に影響を及ぼすことがあってはならない』と言い切った(昭和50年11月20日参議院内閣委員会)の答弁である。いわゆる『天皇ロボット説』を政府見解にした答弁である。それは別の話として、本論との関係で言えば、この答弁以後は天皇の靖国神社参拝は一度として行われていない」


・「〔東條英機〕ら、いわゆる『A級戦犯』を合祀したので昭和天皇が参拝を忌避したなどと、何の立証もされていない議論が繰り広げているのに比して、吉國の答弁が取り上げられることはほとんどない。以上、今の状況で、『天皇陛下に8月15日に靖国神社に参拝していただきたい』などとお願いするのが、いかに愚論であるかを説明した。本来は正論であっても。ただし、断っておく。『今の状況で』という条件があることを」


・「再び繰り返す。時宜にかなっていない正論は、単なる愚論よりも質が悪い。ならば、正論が通らない『状況』を動かす方策を考える。その前に原因を考える。自分だけが気持ちよくなる、保守商売とは決別しよう。(文中敬称略)」・・・


《内閣法制局》


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コメント

織伊友作様、本日、
三ヶ根山の殉国七士廟に参拝しました。

藤城孝久さま、

コメント、有難うございました。殉国七士廟へのご参拝、ご苦労様でした。

我が青春の想い出は、眺望絶景の三ヶ根山・グリーンホテルと、麓の
林立する巨大な酒樽の中で食う山麓薗のジンギスカンだったのですが、
酒樽村一切合財、今は大阪の岸和田市に移っています。

想い出は遠く・・・の感慨です。

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