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(〈涼風の一塊として男来る〉)

2019年06月23日
(〈涼風の一塊として男来る〉)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190623/0001.html


・〔明石屋さんま師匠〕から〔NBA・八村塁選手〕へと、今日の[産経抄]は中々の筆致である。並べて小柄な日本人には「人気はイマイチ」だが、巨人揃いのアメリカでは『バスケ』は〔国技〕の1つでもある。あとは『アメフト』『野球』か。


・産経スペシャル・【[産経抄]6月23日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]6月23日】産経スペシャル 2019.6.23」


・「今は亡き落語家の〔笑福亭松之助さん〕に、高校生が弟子入りを志願した。風刺の利いた新作落語で人気を博していた、昭和49年の話という。『何でワシのとこなんかに来たんや』。尋ねる師匠に、若者はあけすけに答えた。『センスよろしいから』」


・「▼師匠は目角を立てるどころか、『おおきに』と弟子入りを認めている。若者の達者な話術はテレビ向きだと見抜き、お笑いタレントへの転身を勧めもした。その弟子が後の〔明石家さんまさん〕である。落語界の格言いわく〈師匠選びも芸のうち〉。けだし至言だろう」


・「▼芸の道にかぎらない。〔イチロー選手〕にあこがれた野球少年が、進学した中学校でなじみのないバスケットボール部に誘われた。顧問は熱した口調で少年をくすぐったという。『お前はNBAに行ける』。最高峰の米プロバスケットボールで活躍できる大器だぞ、と」


・「▼NBAドラフトで、日本人初の1巡目指名を受けた〔八村塁選手〕(21)である。よくぞ原石を磨いてくれたと、師の慧眼(けいがん)に頭が下がる。初めはお手玉続きで腐っていた少年が、10年足らずで指折りの選手に転じた。師匠選びの妙か弟子選びの妙か、ともかく快挙だろう」


・「▼ドラフト指名は1%前後の狭き門という。恩師が『NBA』の真意を、サンケイスポーツに打ち明けている。最初は本気でなかった。まな弟子の目が熱を帯びるにつれ『いつの間にか私の夢にもなっていた』と。この師、この弟子の邂逅(かいこう)でしか生まれぬ歴史もある」


・「▼この先は猛者たちの梁山泊(りょうざんぱく)、つまずく度に差し伸べられる手もない。心配無用だろう。『これから僕がどれだけできるか楽しみにしている』と会見で涼やかに笑った八村選手である。夏の一句を思い出す。『〈涼風の一塊として男来る〉飯田龍太』」・・・

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