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(23日・24日と【愛知県がんセンター】です)

2019年04月22日
(23日・24日と【愛知県がんセンター】です)


・本当は2月だったのですが、余りにも厳冬だったので主治医に電話を入れ、「桜が咲いて散って、暖かくなってから」と「半年検診」を「8ヶ月検診」に変えて貰ったのです。勿論「その2ヶ月」が、致命的な手遅れになっているかも知れませんが、私の自己責任です。


・明日23日は、『採血』と『胸部レントゲン』のあと『肝臓のMRI撮影』をこなして一泊し、24日の外来で、採血検査結果やら、『黒いEIZOの縦型画面』の動画(連続高速パラパラ画面)を主治医と一緒に観ます。


・私の肝臓は分厚い『脂肪肝』で、CTは全く誤診します。エコーは「肝臓表面に9個だったか12個だったか」の転移がんを、25回の抗がん剤投与(肝動注)で空爆したあとが痣状になっていて、全く使えません。


・従って私の「肝臓がん再発の有無」を診られるのは、MRIしか無いのです。MRIは閉所(スライダーが上部にセットされている)で、CT(スライダーが下部)のように楽ではありません。45分から50分かかります。グッタリ疲れます。


・そんなことで、ブログは23日はお休み。24日に無事帰阪出来たら、「生還のご報告」を致します。さぁ、丁か半か? 行って参ります。


《愛知県がんセンター中央病院》


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コメント

お気をつけて、ご生還を祈っております。

私の兄は69歳で脊髄異形成症候群(白血病の様な病気?)、愛知県がんセンターで余命一年と宣告されてその通り10年前に亡くなりました。暮の28日に入院させて欲しいと本人が訴えたにも関わらず「正月が来る」医者が休みたい」「看護師も少ない」。。。。多分そんな理由で「入院するほど緊急を要ぜず」との結論で入院させてもらえず1/18日に豊田の病院で苦しんだ挙句息を引き取りました。すでに救急車の装備では転院不可能な状態でした。

なので愛知県がんセンターには良い思いはありません。手の施しようが無かったのか?
「ドクターが真剣に考えて呉れなかった」、としか思えず。。。です。

でも良いドクターに当たれば適切な治療が受けられて気分よく生きられるのですね

一人だけの兄でしたし私は独りぼっちになった、と今でも思います。亭主は他人だし
長男は”奥様”の言う事だけ聞く男だし、長女は勝手に離婚するし孫女3人。
あ~やだやだ。愚痴になっちゃいました。すみません(>_<)

毎回、世界情勢、バカばっかりの国内情勢、どれを拝聴しても良く分かり(つもり)
新聞、テレビも必要なしでココだけ読んでいれば俄か物知りになった気で居ります。
これからも長く続けていただきます様お願い申し上げます。昭和21-8/7 ワンワン生まれ

ねね様、

コメント、有難うございました。以前も懇切なコメントを戴いたのでよく
覚えております。しっかしま、そんなお辛いご経験がお在りだったとは?

病院の評価は、それこそがん罹患率と同じで五分五分だと思います。
それこそ丁目か半目かの世界です。私は半目の人生を設定されましたが、
病院選びでは丁目と信じております。ただ皆様には病院推薦はしません。
現に名古屋の縁人(ゆかりびと)らも、病院はバラバラです。

【愛知県がんセンター】は、19年も生きて通っている私には、それこそ
「幼い頃、攀じ登った母の膝」の感触です。昨日はMRI検査の患者さんが
多くて、「何だ!2台に増やしたのに遅れるとは何事か!」「今日はこの
混雑で会計の列に並ぶのは嫌だ!どうせ明日来るから、明日払う!」

「ったく、がんでは死なないが、このMRI検査で俺は死ぬぞ!」と未だ沢山
待っている方々に苦情をぶち撒ける・・・ブログ展開と同じで、慇懃無礼
な患者です。ただ元剣道部主将なので、礼儀正しく 「毒吐いて」います。

A氏・B氏・C氏など、勿論仮名ですが、『医者だけが読むマガジン』 には、
「今までの教科書が変った」と、私の症例が色々出ているようです。ドクターも
ナースもヘルパーさんも、『4がん5バトルの旅人』にとって、大切な仲間です。
何か、私は 「生きた化石」 のようです。主治医も4人(1人様は故人)変りました。

昨晩も 45歳から居場所にしている名古屋市・大須の居酒屋で、「私が創った
会社」 の1期生に15年振りに会いました。社内結婚第1号だった彼のカミさんは、
「ありとあらゆる業」を背負ったような59年の人生だったようですが、彼が 「死に
顔」 の写真をiPADで見せてくれました。

それは 「私が可愛がった頃のまま」 の顔で、「あぁ、彼女は本当に素に戻って
旅立ったんだ?」と感じて泣けました。同時に彼の偉大さを心から感じた次第
です。16万円もしたドイツ製の営業カバン(ほぼ新品)を、彼にあげようと今思って
います。営業カバンです。営業の苦労人が持つべきだろうと。

8月は 『胃カメラ』 です。大酒呑みの私には 『点滴麻酔』 は効かないことを知って
いますので、ゲーゲーオエオエ覚悟でやります。ただ 「朝胃カメラ、それから下剤を
呑み続けて夕方大腸ファイバースコープ」 なども無茶は止めています。やっぱりアレは
「60歳代の若さ」 でした。令和始動の5月7日、77歳になる私は、それこそ 「それなりの
分別が要るなぁ」 と学んでいます。

また明日から精力的にブログを書きます。それにしても 「アメリカに行った安倍ちゃん」 の
動向が気になりますが、今日は 『岩国国民学校のトリ』 の方々13名の同窓会 の案内状や
住所録 の製作にかかり切りでした。私の 〔絵心〕 =国民学校の木造校舎・押し寿司・錦帯橋や
・佐々木小次郎の像などで、80歳になられる先輩らが、1人でも多く集って戴きたいと・・・

散文コメントになって、失礼しました!

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