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(令和の光は西から・・・)

2019年04月26日
(令和の光は西から・・・)


https://special.sankei.com/f/naniwa/article/20190426/0001.html


・久しぶりの[浪速風]氏が、意気軒昂なのが楽しい。関西は長い間“天皇が京都御所におわす”『上方』だった。そして一大消費地である『江戸』が誕生しても、生産拠点は『上方』で、全ての商品は『東』へと下って行った。そう、「あずまくだり」である。


・ただ余りにも粗悪品は、『江戸』も拒否して下って行かなかった。『くだらない』の語源である。ただピーヒャラピーヒャラと即製の『錦の御旗』を前面に押し出して、天皇は「官軍の玉(ぎょく)」として『江戸』に下って行かれ、江戸城を占拠して『宮城』としてしまわれた。そして明治維新、「上る」「下る」が逆転してしまった。


・私は『上皇・上皇后』には京都御所に還って戴き、平安京・平城京の真っ只中で長生きして戴きたいと願っている。京都御所内に、最新の警備付きのお住まいをご用意するだけの話ではないか。長い間『江戸』から『上方』ではなく『上方=ぜえろく』と蔑まされた関西人の鬱憤も晴れようというものだ。


・「ぜえ」は「賽の目の賽で、『禄でもない物』」、「六は『宿六』などに使われる『禄でなし』」・・・思いっ切りの陰口である。「令和の光は西から・・・」関西人の出番だろう。


・産経スペシャル・[浪速風] から、記事を以下。


・「【[浪速風] 司馬さんも『大阪発』にこだわった】産経スペシャル 2019.4.26」


・「産経新聞のカメラマンだった〔井上博道(はくどう)さん〕は、〔司馬遼太郎さん〕の連載企画を担当した。フリーになる際、東京に拠点を移すべきか相談した。『きみは何を撮りたいんだ。京都や奈良だろう。どこにいても、いい仕事をしたら人は来てくれる』。助言に従って奈良に住み、社寺や仏像を撮り続けた」


・「▼司馬さんも生涯、大阪を離れなかった。『いい仕事をしたら…』だけではなかったと思う。何事も一極集中の東京から距離を置き、事象を相対化して眺められる。積み重なった歴史の層があり、作品の史料も手に入りやすい。さらにアイデアと集めた素材を発酵させる適度な湿り気が、街と人にある」


・「▼僭越(せんえつ)ながら小欄も、日本を世界を、大阪から見て考えようと『大阪発』にこだわってきた。〈インバウンド(訪日外国人客)が活況〉で、〈2025年の大阪・関西万博〉が決まり、政治の分野でも注目される。電子版のタイトルの『浪速風』を吹かせたと、ひそかに自負している」・・・

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