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さまざまの事おもひ出す桜かな

2019年03月19日
(さまざまの事おもひ出す桜かな)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190319/0001.html


・今日の[産経抄]は、芭蕉の〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉を取り上げて、「▼浮き立つ心は例年と同じでも、平成の30年の間に起こった『さまざまの事』を思い出す、特別な花見の宴となりそうである」・・・と括っている。


・芭蕉のこの句は、〈おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな〉と並んで私が「崇め奉る」大好きな句である。「亡くなった縁人(ゆかりびと)達が、ニコニコと咲いて会いに来る」言い伝えが、いつの間にか「桜の下には死人が埋まっている」という毒々しい言い伝えに化けているが。


・土葬の時代に棺に添えたのは樒(しきみ、しきび)の小枝であって、桜の枝では無い。シキミは有毒だから、野良犬や狐狸、野鼠などから遺骸を守り、やがて遺骸の養分で墓場の守り木になる。


・産経スペシャル・【[産経抄]3月19日】 から、記事を以下。


・「【[産経抄]3月19日】産経スペシャル 2019.3.19」


・「明治初年に日本に赴任していた『清』の外交官のなかに、〔黄遵憲(こう・じゅんけん)〕という詩人がいた。東京で初めて見た桜の花のあでやかさに感激していた。同時に、日本人が桜に抱く思いの強さに驚いている」


・「▼『三月の花のころには、昔は公卿百官(こうけいひゃっかん)、みな“いとま”をいただき、花を賞した。今でも車をつらね、馬にうちのり、男女これにあつまり、国をあげて〈狂せんばかり〉である。日本人はこれを花の王という』。当時の花見の様子を著書の『日本雑事詩』(東洋文庫)につづっている」


・「▼〔松尾芭蕉〕は若い頃、伊賀上野の〔藤堂新七郎〕家に台所用人として仕えていた。もっとも、ともに俳句を学ぶ仲でもあった主君の〔良忠〕が24歳の若さで亡くなると、出奔してしまう。それから22年後の1688(元禄元)年の春、かつての『主家』から、花見の宴に招かれる。〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉。芭蕉の有名な句は、このとき詠まれたものだ」


・「▼主家を去ったとき〈赤ん坊だった若君が、今や藤堂家の当主〉となっている。しかも、父と同じ俳諧の道に入っているとなれば、芭蕉の感慨もひとしおだっただろう。侍の道を捨て、江戸で〔俳諧師〕として一門を構えるまでの苦闘の日々もよみがえったのかもしれない。咲き誇る桜の下で来し方を振り返り、万感の思いを込めている」


・「▼東京都心にある『靖国神社』のソメイヨシノの蕾(つぼみ)が順調に膨らんでいる。桜前線の北上が、今週にも始まりそうだ。今年も〈国をあげて狂せんばかり〉となる季節が、やってくる。新しい年号が発表される来月1日には、満開の桜が、日本各地の花の名所をピンク色に染めているだろう」


・「▼浮き立つ心は例年と同じでも、平成の30年の間に起こった『さまざまの事』を思い出す、特別な花見の宴となりそうである」・・・

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