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何度でも:「〔ドナルド・キーンさん〕と東北」

2019年02月26日
(何度でも:「〔ドナルド・キーンさん〕と東北」)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190226/0001.html


・日本の大恩人だから、〔ドナルド・キーンさん〕の記事は毎日でも投稿したい。特に東北大震災を機に、「好きな日本への感謝の気持ちを表現するため、日本人になりたいと思った」・・・何度接しても胸が熱くなる言葉だ。


・産経スペシャル から、【[産経抄]2月26日】 の記事を以下。


・「【[産経抄]2月26日】産経スペシャル 2019.2.26」


・「日本文学者の〔ドナルド・キーンさん〕は、『東北に対する私の偏見』と題した講演を行ったことがある。日本に興味を持ち始めたころ、寒くて暗い印象を持っていたという」


・「偏見を取り去ってくれたのが、松尾芭蕉の『奥の細道』である。昭和21年、米コロンビア大学の日本文学の授業で出合った」


・「▼戦時中は語学将校として、戦死した日本兵の日記を翻訳したり、捕虜の通訳を務めていた。日本語に自信を深めていたキーンさんでも、まったく歯が立たない。何度も読み込むうちに、魅力に取り付かれた」


・「▼やがて念願の京都大学への留学を果たすと、芭蕉の歩いた道をたどる旅に出た。〈夏草や 兵どもが 夢の跡〉。芭蕉が平泉を訪れたのは、新緑がまぶしい季節だった。キーンさんが中尊寺に参ったときには、桜が満開だった」


・「▼それまで日本で見たどの桜より美しかった。『東北の長い冬の後、黒い森の中で桜が咲くのが、本当の桜の良さだと』気づく。キーンさんが初めて日本語で書いた論文で取り上げたのは蘭学者の〔本多利明〕、評伝も出している〔石川啄木〕、どちらも東北人である」


・「▼かくのごとく講演でつながりの深さを強調していた東北を、大津波が襲った。日米を往復する生活を続けていたキーンさんは、東日本大震災を機に日本帰化と永住を決意する。『好きな日本への感謝の気持ちを表現するため、日本人になりたいと思った』。この言葉にどれほど日本人が救われたことか」


・「▼親友だった〔三島由紀夫〕には、『鬼韻先生』などと呼ばれていた。自分では『鬼怒鳴門(キーン・ドナルド)』の雅号を選んだ、キーンさんの訃報が届いた。愛するがゆえに五輪や万博に浮かれる日本人に、苦言も忘れなかった。『みなさん、東北を忘れていないだろうか』」・・・


《日本と日本人を愛し抜いてくれた〔ドナルド・キーン〕さん》


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