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再び〔故・兼高かおる〕さん

2019年01月11日
(再び〔故・兼高かおる〕さん)


https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20190111/0001.html


・【兼高かおる世界の旅】は、1959年12月13日から1990年9月30日にかけて30年10か月の間、TBS系列局で主に毎週日曜日朝に放送された紀行番組だから、「私17歳から48歳まで」続いたオバケ番組であった。勿論今の『旅行番組』の魁(さきがけ)である。


・聞き手の〔芥川隆行氏〕も懐かしいが、確かにこの記事にあるように、〔兼高かおる〕さんの気高いまでの「日本語ナレーション」が心に残っている。今思えば「偉大」な人だった! 有難うございました。


・産経スペシャル・[産経抄] から、記事を以下。


・「【[産経抄]1月11日】産経スペシャル 2019.1.11」


・「テレビの旅番組が花盛りである。タレントがどこかの国に出かけて美しい風景を紹介し、珍しい料理に舌鼓を打つ。あらかじめ現地のコーディネーターが決めたスケジュールに沿って、撮影は進む」


・「▼昭和34年に始まった【兼高かおる世界の旅】(TBS系)の番組作りは、まったく違っていた。プロデューサー、ディレクター、ナレーターを一人でこなす兼高さんが、取材をしながら番組の方向性を決めていく。旅に同行するのは、カメラマンとアシスタントだけだ」


・「▼当然、ハプニングの連続となる。アイスランドの大統領の自宅に招かれ着物姿で出かけたところ、玄関先でお辞儀をしていたら、帯がズルズルはずれてしまった。中東のスルタン(国王)からは、『石油の採掘権』をプレゼントされてびっくりする。『私の子供を授けて進ぜよう』。アフリカの酋長(しゅうちょう)の申し出は、さすがに丁寧にことわった」


・「▼羽田空港に横断幕が張られ、万歳三唱で見送られて、ローマへの最初の取材の旅に出てから、いつのまにか31年の月日が流れていた。平成2年に終了するまで、約150カ国を訪れ、地球を180周した計算になる」


・「▼兼高さんは、英、仏、スペイン語を自在にあやつった。もっとも番組のファンの心を何よりとらえたのは、ナレーションの『日本語の美しさ』である。1年の半分を海外で過ごしていたから、乱れた日本語と出合う機会が少なかったからかもしれない」


・「▼何事も自分の目で確かめないと気が済まない。90年の生涯を終えた兼高さんの好奇心は、晩年もおとろえなかった。たとえば、ヒゲをそると濃くなるというのは誤り、との説を聞くと試したくなる。1年間、片方の脚の毛だけそってみた。その差ははっきりしなかったそうだが」・・・


《J.F.ケネディと兼高かおるさん》


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