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大相撲『柏鵬時代』などの回顧談

2018年11月30日
(大相撲『柏鵬時代』などの回顧談)


https://www.sankei.com/sports/news/181130/spo1811300001-n1.html


・コリアンの「無法疲れ」や支那人の「ゲノム操作・フランケンシュタイン ニュース」など、呆れ返る報道ばかりに接していると、こういう『大相撲・回顧談』にはホッとさせられる。


・「両雄が並び立った」時代は、『若貴時代』が直近でそれ以降は無いが、これは「人気先行」の色が濃かった。その前は『輪湖時代』、最も華やかだったのが『柏鵬時代』、そしてその前の『栃若時代』・・・


・私が最も大相撲に熱中したのがこの『柏鵬時代』だった。両雄とも鍛え上げた大柄な肉体が見事だった。この柏鵬全勝対決の昭和39年春場所の大一番は、今も脳裏に刻まれている。懐かしい!


・産経ニュース から、記事を以下。


・「【[昭和39年物語](11)巨人・大鵬・卵焼き…『柏鵬時代』相撲も熱かった】産経ニュース 2018.11.30 08:00」


・「『巨人・大鵬・卵焼き』-子供たちが好きなものの代表として、こう言われるようになったのは、昭和30年代後半から40年代にかけてである。39年は大鵬と柏戸との『柏鵬(はくほう)時代』真っただ中」


・「プロ野球の開幕と大相撲春場所の開催で大阪の街は連日、熱気であふれた。3月22日千秋楽、結びの一番で東の〔大鵬〕と西の〔柏戸〕が全勝でぶつかった」


・「大阪府立体育会館は大興奮。〔木村庄之助〕の軍配が返った。右差し、左前みつを狙った柏戸の立ち合い。大鵬も簡単に前みつは取らせない。両者左手をぶらりと垂らし合う。数呼吸後、柏戸が上手を取りにいく。左を巻きかえると大鵬も左をおどらせ左四つ。柏戸が踏み込む、大鵬が下がる。下がりながらのすくい投げ」


・「2人の巨体が傾いたまま一瞬、止まったかのように見えた。そのとき、庄之助の軍配が大鵬に上がった。土俵際ですくい投げに耐えていた柏戸の左足が俵の外に出ていた」


・「ふーっと大きな息をつく両横綱。柏戸が大鵬の脇腹をポンポンと軽くたたくと、かすかに笑みを浮かべた。座布団が乱れ飛び、大歓声が館内を渦巻いた」


・「初場所に続いて通算13回目の優勝。大横綱・〔双葉山〕(当時の時津風理事長)の持つ12回を抜く最多優勝記録である。表彰式を終えた大鵬は紋付きはかまに着替え、オープンカーに乗って優勝パレードに出た」


・「府立体育会館から千日前-下寺町を通って中央区谷町八丁目にある宿舎『久本寺』まで、沿道には多くのファンが声援を送った」


・「時間を少し巻き戻す。3月4日、大阪市東成区の〔中村外科病院〕で、場所前恒例の『新弟子検査』が行われた。64人が受け46人が合格。その中で、ひときわ目立った少年がいた。陣幕親方(元島錦)に伴われ検査場にやってきたその少年は、身長198センチ、体重115キロ、ハワイ出身。名前を〔ジェシー・クハウルア〕(当時19歳)といった」


・「3月9日、春場所2日目、前相撲で初土俵を踏んだジェシーは、2番とも立ち会った瞬間に相手を突き出し、『この子ら相手では相撲にならん』と周囲を驚かせた。そして11日、大阪市中央区の宿舎『久成寺』で、初代高砂親方と同じしこ名をもらった。高砂部屋では4人目。後に米国人初の関取として人気者になる〔高見山大五郎〕の誕生である」


・「昭和54年、新聞記者になった筆者が、入社して初めて取材に出かけたのが、この高砂部屋の宿舎『久成寺』。玄関で『こんにちは、誰かいませんかぁ』と声を掛けると『誰もおらんよ~』と笑いながら部屋から顔を出したのが高見山だった。 =敬称略」・・・


《大相撲春場所、千秋楽で柏戸をすくい投げで破り優勝を全勝で飾った大鵬》


Photo_2


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