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日の出前、私の『大阪の姉貴』も逝く

2018年10月09日
(日の出前、私の『大阪の姉貴』も逝く)


・私から見れば、「善戦健闘」よく闘ったと思う。82歳、肝硬変だった。これで私は、6/29に衝撃死した『大阪の妹分』に続いて、『姉貴』も喪った。二人とも12年の付き合い。私の大阪風来坊暮らしを、「孤独にならないよう」気遣ってくれた女性(ひと)たちだった。


・私を中心に、「3人仲良し」だったから、「『妹分』が呼んだ」ような気がしてならない。思えばこの10/06が『妹分』の逝去100ケ日、今日が103日だからである。


・昨夜(今早朝)は夜更かししたので、病院看護師からの携帯への知らせに気付かなかった。着信記録は朝4時36分、次の4時53分の呼び出しには反応出来て、早朝7時15分には病院へ行った。〔娘さん〕がもう来ていた。


・〔娘さん〕にとっては「手間のかかる人」だったようだが、ジョークが分かり、ジョークが言える面白い『姉貴』だった。闘病姿勢は「真っ当で明るく」、ドクターにもナースにも好かれていた。


・初対面は私が64歳だったので、『姉貴』は70歳。私にはハナから「婆ちゃん」という先入観が有ったが、私も76歳になってみて分かったが、『姉貴』は「婆ちゃん」ではなく「おばさん」だったのだ。


・明日は葬祭場へ朝9時に行き、出棺を見送る。恙無く「彼岸」に旅立って、『妹分』とまた、仲良く「私が逝く折」の地ならしをやっておいて欲しいものだが、私はピンシャンしながら未だ「16年間」生きなければならない。


・大分「先の話」なので、私が逝く頃には『妹分』も『姉貴』も、私のことは忘れているかも知れんなぁ。長いご厚誼を有難う!元気に「転ばない」ように、旅立っておくれな・・・


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コメント

織伊友作様、
朝に死に、夕べに生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。。。。
方丈記の一節を思い出しております。
御冥福をお祈りします。

藤城孝久さま、

有難うございます。私の『大阪の姉貴』の方は、入退院を繰り返し始めた
4・5・6月、段々重くなった7・8月、そして重篤になった9月・10月終焉まで
丸6ヶ月、親身に見送って遣れたと思っています。

これは『姉貴』の唯一の親友(私と同年の女性)が居てくれたお陰と感謝して
います。本当に苦しまず、眠るように逝ってくれました。

10/07の2人しての見舞いが最後(10/09日早朝の逝去)になりましたが、
短い間意識が戻り、私の名前も親友の名前もハッキリ言いました。

明日が初七日、三途の川を無事渡るまで未だ傍に居ますから、偲んであげ
たいと思います。有難うございました。

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