« 「頭だけ下げてもらったって意味がない」 | トップページ | 介護士へのセクハラ、パワハラ »

『まさか』が現実になるのが災害

2018年09月05日
(『まさか』が現実になるのが災害)


http://news.livedoor.com/topics/detail/15259212/


・私が住処にしている公団の棟は南北に向いて建っている。南は淀川、北は大きな公園だ。東西を分けて太い通路が南北に抜けている。私の部屋は13階の東側。6/18の『大阪地震』ではエレベータが2基とも止まり、コンビニへの食糧買出しに肩掛けかばん・悪魔の片手松葉杖で13階から階段降り。食糧を背負い込んで、バス停のベンチで暫く休んでからまた13階まで階段昇り・・・難儀した。


・今回の台風は「関西直撃」が解っていたので、3日の夜に食糧買出しを済ませ、4日当日は部屋に篭っていた。空恐ろしくなるような突風が南北に抜けた通路を吹き抜けて行く。しかし建物は大丈夫だし、万が一淀川堤防が決壊しても、「水は6階まで」と訊いている。


・ただ暴風の中、5分ほど停電しやがってエアコンがパー!弱ったな?と団扇を使っていたら、程なく復帰して大事は無かった。地震はともかく、台風には公団高層階は安心である。お陰でここに住んでから14年、私は一度も「避難経験」が無い。ありがたや。


・ライブドアトピックス から、産経新聞 の記事を以下。


・「【[紀伊半島豪雨7年]災害では『まさか』が現実に 和歌山県警機動隊副隊長・楠本真さん】産経新聞 2018年9月5日 8時47分」


・「平成23年9月の紀伊半島豪雨の発生から7年を迎えた。列島を襲う自然災害はその後も後を絶たず、8月の台風20号では熊野川が氾濫し、家屋の浸水被害などが相次いだ。災害対策が喫緊の課題となる中、紀伊半島豪雨や東日本大震災、西日本豪雨などの数多くの災害現場で救援活動に携わった和歌山県警機動隊の〔楠本真副隊長〕(44)に話を聞いた。(聞き手、小笠原僚也)」



--紀伊半島豪雨から7年。県民の豪雨への意識は変わったか


・「仕方ないことだが、風化しつつあると感じている。(紀伊半島豪雨で被害を受けた)紀南地域でも、被災地とそうではない地域では防災意識に大きな隔たりがある」


--楠本さんは紀伊半島豪雨当時、那智勝浦町に救援に行った。被災地の状況はどうだったか


・「辺り一帯を流れ着いた木と大量の土砂が埋め尽くし、湿った木や腐った水の悪臭が漂っていた。濁流で何もかもが押し流された光景は、津波で甚大な被害を受けた東日本大震災の被災地と非常に似ていた。本来の住所が示す場所には家の基礎しか残っておらず、死者・行方不明者の発見は困難を極めた」


--これまで数多くの災害現場で救助活動を行った。気付きや課題は


・「水害と地震とでは、性質や被害が全く異なる。地震では倒壊家屋に閉じ込められる人が多く、迅速な救出が何よりも求められる。その一方、津波や豪雨、土砂崩れでは、流されてしまった人の多くは即死する。もちろん救助活動は重要だが、いくら早く現場に行っても発生後に救える命は限られているのが現状だ。事前の備え、そして何より発生前に逃げることが重要だ」


--これからも多くの自然災害が予想される。伝えたいことは


・「『まさか』が現実になるのが災害だ。しかし、避難指示や特別警報が出ても『自分には関係ない』と避難行動に移さない人が多い。確かに災害時に避難しても『空振り』に終わることが多いのは事実だが、日本ではこれまで何度も災害が襲ってきている。『何も起きなくてよかった』が、いつか『避難していてよかった』に変わるときが来る。紀伊半島豪雨をはじめ、多くの尊い犠牲の上に立っている教訓を決して忘れてはならない」・・・


《「尊い犠牲の上に立っている教訓を忘れてはならない」と話す楠本副隊長=和歌山市》


Photo_2


« 「頭だけ下げてもらったって意味がない」 | トップページ | 介護士へのセクハラ、パワハラ »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『まさか』が現実になるのが災害:

« 「頭だけ下げてもらったって意味がない」 | トップページ | 介護士へのセクハラ、パワハラ »

最近のトラックバック

2020年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ
フォト