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永田町に広がる「河野洋平」的なもの

2018年09月30日
(永田町に広がる「河野洋平」的なもの)


https://www.sankei.com/premium/news/180930/prm1809300011-n1.html


・私は永田町(政治家)の「木っ端役人化」が、問題の根本だと思う。「遅れず 休まず」の役人根性が、霞ヶ関から永田町に乗移ったのでは? と思える。ハッキリ言って、「何もしない 出過ぎて『打たれる杭』にだけはならない」小粒集団に永田町は成り下がっている。


・でなきゃこのご時世、「サマータイムの導入」を言い出す〔森喜朗〕が、【2020東京五輪】を仕切るような「動脈硬化」は無いだろう。


・筆者の「拉致問題が安全保障上の問題であり、『力ずくで取り返す』努力をしなければならないと思う」は、長年『拉致問題』に尽力して来た人の「魂の叫び」であることと、その「疲労困憊・絶望感」を、痛いほど感じる。しかし我が自衛隊を使っての『奇襲攻撃』は出来ないこともよく知っておみえだろう。


・『力ずく』とは「ドンパチ」だけではない。「経済制裁」「世界世論への訴え続け」も、立派な『力ずく』である。ただ「植民地問題の処理が先」と未だに言っている〔河野洋平〕なんざ、〔国賊〕〔売国奴〕の典型例であって、「唾棄する相手」であっても、決して認めてはならない。


・産経ニュース・[iRONNA発] から、記事を以下。


・「【拉致問題 永田町に広がる『河野洋平』的なもの 荒木和博氏】産経ニュース・[iRONNA発] 2018.9.30 17:00更新」


・「『次は私自身が金正恩と向き合う』。訪米先で安倍晋三首相が拉致解決への決意をこう述べた。とはいえ、米国頼みのスタンスは変わっていない。永田町には、かつて河野洋平氏が述べた『力ずくではダメ』との本音が蔓延っているようである。(iRONNA)



・「最初に河野洋平という政治家を見たのは、『新自由クラブ』の街頭演説だった。どんな演説だったかは記憶にないのだが、熱弁を振るう河野氏の姿は今も記憶に残っている」


・「それから20年ぐらいして、当時外相だった河野氏と会うことになった。平成11年、年の瀬も押し迫った12月27日のことである。筆者はこのとき、『北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)』の一員であり、『拉致被害者家族連絡会(家族会)』のメンバーとともに面会した」


◆「力ずくではダメ」


・「当時、政府は『北朝鮮へのコメ支援』を画策しており、もともと『家族会』や『救う会』との面会には消極的だった。しかし、『座り込みも辞さない』と明らかにしたところ、年末になって面会が実現したのである。このとき、河野氏はこう言った」


・「『外務省が表に出て第一線で当たるのに大事なことが2つある。1つは力ずくではダメ、話し合いでやらなければいけない。(中略)もう1つは国交がない。話し合いの場がない、ということ』」


・「筆者はこのときあまり深く考えなかったのだが、『力ずくではダメ』という言葉は何かひっかかるものがあった。そして、それから19年たった今年6月13日、つまり『米朝首脳会談』の翌日、都内で開かれた講演会で河野氏は『植民地問題の処理もできていない国に、ただ(拉致被害者を)『返せ、返せ』と言っても問題は解決しない』と言った」


・「北朝鮮は、暴力的あるいはだまして日本国民を北朝鮮に送り込んでいるのである。その相手から力ずくでも取り返せず、取り返すためには『北朝鮮に『植民地問題の処理』なるものをして礼を尽くして返していただく』、というのである」


・「結局、この人には『政治家としての根本的なもの』が欠けているのだ。そのことは次の言葉からも分かる。『外務省も皆さんと同じ気持ちでやるのだから、座り込みなどはやめてくれ』」


◆国家の責務どこへ


・「『拉致された国民を力ずくでも取り返す』ことこそ国家の責務である。また、『シビリアンコントロール(文民統制)』を誇るなら国会議員はそれを先頭に立って進めなければならないのに、国会でその議論はほとんどなされていない」


・「さらに言えば、『米国の軍事的圧力に依存』して米朝会談で拉致問題を出して『もらった』安倍首相もその意味で大差ないといえる。日本全体が米国頼みであり、河野氏の発言はある意味、そのような『戦後政治』の象徴ともいえるのではないか」


・「もちろん、この期に及んで『植民地問題の処理が先』というような彼の発言は、家族も含め拉致問題に関わっている人々の反発を生んでいる。個別には批判していくべきだろう。しかし、永田町には『河野洋平的なもの』が蔓延しているのである。彼はその一つの象徴でしかない」


・「筆者は19年前、河野氏の『力ずくで取り返せない』という言葉に、反論もしなかった。正直なところ、『そんなものなのかな』とすら思ったように記憶している。 しかし、何となく心にひっかかるものがあったのも確かだ。その後は、拉致問題が安全保障上の問題であり、『力ずくで取り返す』努力をしなければならないと思うようになった」


・「もちろん、拉致被害者の救出にはさまざまな方法があってよいだろう。まずは救出が優先であり、1人でも2人でも、一刻も早く取り返さなければならない。 だから『力ずく』でなければならないというつもりはない。しかし、国家として国民を救うという覚悟は、最終的には『力ずく』でなければならないはずである」


・「国家としての根本を失った、『わが国の醜さの象徴が拉致問題』である。河野氏の発言がそれを改めて考えさせてくれたという意味では、彼の存在価値もあるといえるのかもしれない」・・・


◇【プロフィル】荒木和博(あらき・かずひろ) 拓殖大海外事情研究所教授。昭和31年、東京都生まれ。慶応大法学部卒。民社党本部書記局員、現代コリア研究所研究部長などを経て現職。特定失踪者問題調査会代表、予備役ブルーリボンの会代表も務める。著書に『自衛隊幻想』(産経新聞出版、共著)などがある。


《荒木和博・拓殖大海外事情研究所教授》


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