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「泣ける戦場秘話」:騎士道も武士道も生きていた頃

2018年08月03日
(「泣ける戦場秘話」:騎士道も武士道も生きていた頃)


https://www.sankei.com/column/news/180803/clm1808030004-n1.html


・「泣ける戦場秘話」は、夫々の兵士の胸の奥底に、大切に守られて来たのだと思う。


・私の好きな秘話は、圧倒的な米軍に包囲され、もう『バイザイ突撃=玉砕』しかなくなった日本軍から、在る夜白旗伝令が来て「我らは明朝バンザイ突撃して全員死ぬので、今宵『宴』をしたい。我らの食糧は尽きている。ついては虫の良い話だが、餞(はなむけ)に食糧と酒を戴けないか?」


・米軍は快くこれに応じた。その夜遅くまで日本軍陣地の丘の上は篝火がたかれ、楽しそうな歌声が聞こえたという。翌朝は約束通りの『バンザイ突撃』。日本軍を殲滅した米軍が丘を登ってみると、缶詰の空き缶などは整理され、残った米軍提供の食糧はきちんと片隅に保管されて、米軍への礼状が添えられていたという。「泣ける戦場秘話」ではないか。


・産経ニュース・[ロンドンの甃] から、記事を以下。


・「【退役軍人が今の日本人に伝えたい『日本兵の騎士道精神』】産経ニュース・[ロンドンの甃]
2018.8.3 10:00更新」


・「『日本にも騎士道精神があったことを日本人に伝えたいと思っていた』。英南部ベッドフォードの教会で7月、退役軍人団体『ビルマ・スター』協会幹部の元軍司令官、〔ビル・スマイリーさん〕(96)の葬儀で、司教はこう追悼した」


・「士官として旧ビルマ戦線で日本軍と戦った〔スマイリーさん〕は、ジャングルを3カ月さまよった。大戦で英国軍人約5万7000人が日本軍の捕虜となり、過酷な労働に従事させられ、英国に反日感情をもたらした。ビルマ・スター協会も1998年に天皇陛下が訪英された際、パレードに背を向け日の丸を焼き、『仲間が日本兵から虐待を受け、殺された』と和解を拒み続けた」


・「しかし6年前、スマイリーさんは、元兵士の相互理解を目指す民間団体『ビルマ作戦協会』の要請を受け入れ、和解ミサに参加。同じ旧ビルマ戦線で戦った元日本兵と共通体験から心が結ばれ、『戦友』と呼び合う仲になった」


・「その後、『瀕死(ひんし)の重傷を負い、従軍できなくなった戦友を苦しませないため撃ったことがある。『日本兵は私たちを包囲しており攻撃できたのに黙って見逃した』。これぞ武士道』と秘話を明かした」


・「司教が〔スマイリーさんの言葉〕として紹介した日本人の騎士道精神とは、武士道精神にほかならない。(岡部伸)」・・・

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