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終戦の日に 靖国の『英霊』に詫びる

2018年08月15日
(終戦の日に 靖国の『英霊』に詫びる)


https://www.sankei.com/column/news/180815/clm1808150004-n1.html


・私は記事中の、「平成の御代(みよ)に、先の大戦をはじめとする246万余柱の戦没者らを祀(まつ)る〔靖国神社〕への陛下の御親拝がかなわなかったことは、残念という言葉では言い尽くせない。〔東条英機元首相〕らいわゆる『A級戦犯の合祀(ごうし)』に中国や韓国が反発し、靖国参拝が長く政治問題化しているのが要因だ。だが、それでは『天皇の赤子(せきし)』として戦場に赴き、『靖国で会おう』と散華していった将兵らの立つ瀬がない」・・・が全てを言い表していると思う。


・〔福田赳夫〕の倅=〔福田康夫〕が、「隣国が嫌がることは、すべきではない」と言った時に、私は「全身の血が逆流する」ほど悲憤慷慨した。「こ、こんな輩が、日本の総理でいいのか!」と。


・記事が言う通り、「上皇になられた明仁上皇」が、8月15日に「靖国御親拝」をされることが、「終わりの始まり」になると、私は考える。政治家らは、その『道』を創る智恵くらい出せ!「金の臭い」だけで右往左往する姿は、日本の恥だ!


・産経ニュース から、記事を以下。


・「【終戦の日に 73年後の『英霊に詫びる』 陛下の靖国御親拝に知恵出すとき 論説委員長・乾正人】産経ニュース 2018.8.15 13:22更新」


・「平成最後の8月15日である。 終戦の翌日、われわれの先輩は、本紙1面に『英霊に詫(わ)びる』と題する社説を書いた。(以下)」


・「『私達もよく闘ってきました』で始まる記事は、『敵の空爆は日に夜につぎ、家を焼かれ財を失い、血肉親身の数々を亡くして』もなお頑として闘い抜き、『かくなる上は祖国とともに一億国民すでに玉砕の覚悟を決めていた』と記している(昭和20年8月17日付)」


・「73年前の夏、日本は国家滅亡の瀬戸際まで追い込まれていた。 8月6日、広島に原爆が投下され、9日には長崎が灰燼(かいじん)に帰し、『日ソ中立条約』を破ってソ連軍が突如として満州に侵攻した」


≪全長10キロの大本営地下壕≫


・「軍部は本土決戦を主張し、準備を着々と進めていた。 サイパン島陥落を受け、19年11月から突貫工事で長野県松代の山中を碁盤の目のようにくりぬき、総延長10キロに及ぶ地下壕(ごう)を極秘裏に造っていた」


・「戦争を指導する大本営や主要官庁、NHKを東京からそっくり移そうとしていたのである。もちろん天皇陛下の御座所(ござしょ)も造っており、8割方できあがっていた」


・「今も残る跡地のうち、象山地下壕は入り口から500メートルまで見学できる。内部の空間は意外に広く、頑丈にできており、『一億玉砕』がただのスローガンではなく本気であったことが、ひしひしと伝わってくる」


★降伏か、本土決戦か。


・「20年8月10日未明に開かれた御前会議は紛糾し、昭和天皇の御聖断によって、日本に降伏を要求したポツダム宣言受諾が決まった」


・「『敵の上陸も決して恐ろしくはありません。新型爆弾も甘んじて受けます』と終戦後も意気軒高な本紙社説も、昭和天皇の御聖断を受けて『これほどの闘魂も陛下の御仁慈には挫(くじ)けてしまいました』とあっけないほどに矛を収めている」


・「終戦時に11歳の皇太子(今上陛下)は、空襲を避けるため学習院初等科の学友たちとともに、日光田母沢御用邸からさらに奥の、日光湯元温泉に疎開されていた」


・「国が厳しい報道統制を敷いていた当時、全国の新聞がそろって御前会議翌日の8月11日付1面トップで疎開中の皇太子の近影を据えたのは偶然ではない。日本の降伏は近い、それでも皇統は護持されるであろう、との情報を暗喩の形で国民に知らせようという意図があったのは間違いない」


・「先の大戦の労苦を体験された天皇陛下が、ご高齢にもかかわらず、皇后陛下を伴ってパラオなど海外にまで足を延ばして全身全霊で戦争で亡くなった人々を慰霊されるお姿は、遺族や戦中世代のみならず、若い世代にも大きな感銘を与え続けている」


・「ことに13年前、サイパン島を訪ね、多くの民間人や兵士が身を投げて命を絶ったバンザイクリフ(岬)で深々と頭を下げられたお姿は今も目に浮かぶ。来年、即位する皇太子殿下も慰霊の伝統を引き継がれることだろう」


・「それだけに平成の御代(みよ)に、先の大戦をはじめとする246万余柱の戦没者らを祀(まつ)る〔靖国神社〕への陛下の御親拝がかなわなかったことは、残念という言葉では言い尽くせない」


・「〔東条英機元首相〕らいわゆる『A級戦犯の合祀(ごうし)』に中国や韓国が反発し、靖国参拝が長く政治問題化しているのが要因だ。だが、それでは『天皇の赤子(せきし)』として戦場に赴き、『靖国で会おう』と散華していった将兵らの立つ瀬がない」


・「来年4月をもって譲位される天皇陛下は、幸いにして現状よりは自由なお立場になられる。静かな環境で御親拝がかなうよう、知恵を絞るのは今しかない」


≪「立派な国に仕上げる」≫


・「73年前の本紙社説は、『今更ながら若き特攻隊勇士の尊い姿が涙のまぶたに浮かんできます。戦災で殉じた人々のうらめしい形相が目に浮かんできます。遠く外地に切り離された同胞将兵の傷(いた)ましい姿が針のように胸を刺します』と慟哭(どうこく)した」


・「そして、『あなた方の尊い血を流した祖国は必ず立派なものに仕上げてみせます。悲願の中に立ち上がる真の力を見ていて下さい』と締めくくっている」


・「終戦から長い歳月を経て、この国は本当に『立派なもの』に仕上がっただろうか。国家のために死んでいった兵士の霊を慰めることすらはばかられる国は立派なのだろうか。われわれは英霊にもう一度、詫(わ)びねばならない」・・・


《靖国神社で黙とうをする大勢の人たち=15日正午、東京・九段北》


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