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5人死亡でも、「ダム緊急放流は『必要だった』

2018年07月20日
(5人死亡でも、「ダム緊急放流は『必要だった』」)


http://news.livedoor.com/topics/detail/15038216/


・これは、「ダム緊急放流は、下流で堤防が決壊して死者が出ようと、止むを得なかった」という学者共の「擁護論」で、「根本解決策」でも何でもない。


・「地味な投稿だったので、読み飛ばされた読者も多かったのでは?」と案じ、私の11日の投稿を、破線内に。以下。


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2018年07月11日
(水を治めた武田信玄に学びたい-ダム放流の判断)


http://www.sankei.com/west/news/180711/wst1807110059-n1.html

・水流を分離したり砕いたり、祖先は様々な工夫をして「治水」して来たのだ。「現代の治水は、河川に頑丈な堤防を築き、上流のダムで水量を調節する」のだが、想定外の雨(震災ってのは、常に想定外だ)が降れば、「現代の治水」の脆さが一気に露呈したのだ。含蓄の有る記事である。

・産経WEST・[浪速風] から、記事を以下。

・「【水を治めた武田信玄に学びたい-ダム放流の判断、信玄ならどうするだろう(7月11日)】産経WEST・[浪速風] 2018.7.11 15:11更新」

・「災害の度に新しい言葉を耳にする。西日本豪雨では『バックウオーター現象』を知った。大雨で川の本流の水位が上がると、流れ込む支流の水が壁にぶつかるように阻害され、行き場を失ってあふれ出す。岡山県倉敷市の真備町地区で、小田川が決壊したのは高梁川との合流地点だった」


・「▼歴史をひもとくと、『治世は水との戦い』である。武田信玄の『信玄堤』が名高い。甲府盆地を流れる釜無川や支流の御勅使(みだい)川は、古くからしばしば氾濫した」


・「▼信玄はまず『将棋頭』と呼ばれる石積みで御勅使川の流れを二分した。さらに合流した釜無川には、雁行状に『霞堤』を配置した」


・「▼霞堤は不連続で、洪水時には隙間からあふれて水位が下がる。敵の勢力を分散させる、戦国武将らしい発想といえよう」


・「▼現代の治水は、河川に頑丈な堤防を築き、上流のダムで水量を調節する。だが、今回の豪雨は想定をはるかに超え、ダムを放流せざるをえなかった。信玄ならどうするだろう」・・・


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・産経WESTから、読売新聞 の記事を以下。


・「【増水5人死亡も…ダム緊急放流は『必要だった』】読売新聞 2018年7月20日 10時19分」


・「愛媛県内で今月7日、西日本豪雨のため満水となったダムの緊急放流の直後に川があふれ、死者が出た事態について、国土交通省四国地方整備局は19日、学識者らを集めた委員会による検証活動を開始した」


・「緊急放流は、貯水量が許容レベルを超えないよう、流入量と同じだけ放流する『異常洪水時防災操作』というもので、同県西予市野村町にある『野村ダム』などで行われた。放流後、肱川ひじかわが増水し、野村町で5人が死亡。下流の大洲おおず市でも浸水被害が出た」


・「委員らは現地調査後、放流が適切に行われたかどうかなどについて議論。放流の操作をしなかったとしても、最終的には同じ水量がダムを越えて肱川に流れ込むうえ、ダム施設が壊れる恐れもあったことから、委員の〔鈴木幸一・愛媛大名誉教授〕(河川工学)は『操作は必要だった』と話した」・・・

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