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尖閣諸島上陸記 <1>

2018年01月02日
(尖閣諸島上陸記 <1> )


http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e6%b5%b7%e5%ba%95%e9%81%ba%e8%b7%a1%e3%82%92%e7%99%ba%e8%a6%8b%e3%81%97%e3%81%9f%e7%94%b7%e3%83%bb%e6%96%b0%e5%b5%a9%e5%96%9c%e5%85%ab%e9%83%8e%e3%81%ae%e5%b0%96%e9%96%a3%e8%ab%b8%e5%b3%b6%e4%b8%8a%e9%99%b8%e8%a8%98-1/ar-BBHLRgJ?ocid=iehp


・この【タカ大丸】氏、「話の持って行き方」が上手い! 語り部は〔新嵩喜八郎〕氏なのだが、その彼を先ず『海底遺跡の発見者』として登場させる。そう、あの『大西洋上にはアトランティス大陸』伝説よりリアルな、『太平洋上にはムー大陸』というあれだ。


・今太平洋上に散在するミクロネシアンの島々は、ムー大陸の残滓だとするこの話は、「ムー大陸の王は、沖縄諸島のどこかに居た」とされている。その沖縄諸島から、『海底遺跡』が発見されたのだから、話はハチャメチャに盛り上がる!


・しっかしま、話はタイトル通り『尖閣諸島』に上陸してしまっているから、シリーズも3つばかりで終わってしまうのか?ザンネーン!


・MSNニュースから、HARBOR BUSINESS Online・【タカ大丸】氏 の記事を以下。


・「【海底遺跡を発見した男・〔新嵩喜八郎〕の尖閣諸島上陸記<1>】HARBOR BUSINESS Online・【タカ大丸】  2018/01/02」


・「日本最西端の島・与那国島。はっきり言って、東京からのアクセスは極端に悪く、直行便はない。定期便があるのは那覇と石垣だけだ。 筆者の場合、水曜朝に成田からのLCCで那覇入りし、数時間のトランジットの間に那覇在住の友人と旧交を温めた後夕方に石垣島に到着した」


・「石垣からさらに約20分の西に与那国島はある。東京―石垣のLCCはまだない。与那国はさらにない。 石垣から近くの島、たとえば小浜島や竹富島、西表島といったところには毎日何度もフェリーが往復しているが、与那国との間には週二便しかない。しかも、波の荒さから別名『ゲロ船』と呼ばれているらしい」


・「そんな日本最西端の小島が全世界から注目を浴びるようになったのは今から20年ほど前のことだった。 島の近くで『海底遺跡』とみられるものが見つかり、世界的ベストセラー【神々の指紋】の著者〔グラハム・ハンコック〕が実地調査に訪れたのだ」


・「筆者はそんな海底遺跡の発見者・〔新嵩喜八郎〕氏にインタビューを申し込むことにした。 11月某日、与那国島は曇り、雨が降り注いでいた。 朝一番に新嵩本人がガイドを務める遊覧船に乗り、海底遺跡を見物する。専門的なことはよくわからないが、どう見ても人間が作ったとしか思えない直角の階段らしきものが見えてくる」


・「そして、海岸線からたかだか5km程度しか離れていないはずなのに、荒波のせいで船酔いする。たかだか5kmで気分が悪くなるなら、石垣―与那国間のフェリーが『ゲロ船』と呼ばれるのもよくわかる」


・「後に本人の口からも出てくるが、与那国は台湾と石垣島のちょうど中間にある。つまり、東京はもちろん、那覇よりも台湾のほうが近いのだ。この事実が与那国島の気質、そして“人間・新嵩喜八郎”を作り上げるうえで大きな影響を及ぼしている」


・「そろそろ手が空くだろうかと思い、筆者が一泊した新嵩が経営する宿で教えてもらった携帯番号に電話を入れる。すると、着メロは『君が代』だった。 海底遺跡が見つかるまでの与那国は、漁業と農業で生業を立てる島だった。主な農作物は水稲とサトウキビだったという。 漁業の中心はカツオで、戦前には大規模なカツオ節工場が作られていたという。この工場で作られたカツオ節は、台湾経由で日本本土に運ばれていた」


・「『石垣まで136km、台湾まで110kmですからね。昔から石垣―宮古―那覇という船はありましたけどね、それじゃ大変でしょ。台湾経由のほうが早かったんですよ。女中奉公に行くのも、就職するのも、帝国大学に進むのも台湾でしたね』」


・「新嵩の口から『カツオ節工場』という言葉が出てきたとき、筆者はふとかつての尖閣にもカツオ節工場があったことを思い出した。 『そうなんですよ。カツオ節工場もそうですが、あとは貝殻製のボタンを作ったり、羽毛もとれましたね。アホウドリの羽毛を集めて海外に輸出しておりました』 その次に、新嵩の口からは驚くべき事実が語られた」


・「◆『日本の領土を守っているのに、違法行為とされてしまう』・・・・『実は、石原慎太郎先生が運輸大臣だったころ尖閣へ行き、与那国からあそこまで灯台を運んだのは私たちなんです。そこにある“イソバ”という船で十数時間かけて行きましたよ』」


・「氏が運輸大臣だったころというともう30年以上前、まだ裕次郎氏が存命中だったころだ。 『結局、尖閣は日本の西の玄関口でありながらかつては灯台一つなかったわけですよ。それはまずいでしょうと。沖縄の民族派の人々は北方領土の話ばかりしますが、目の前に尖閣があるでしょう。まず自分の頭の上を飛んでいるハエを追いましょうということですよ』」


・「新嵩の携帯着メロは、そんな愛国心の表れなのだ。 そういえば、灯台ということは、電源がなければならない。夜に光が灯らない灯台など、『でくの坊』そのものではないか。そこはどうしているのか」


・「『空気電池といいましてね、ある薬品が入った箱を開封すると空気と触れて発電できる仕組みがあるのですよ。これを一つは点滅用、一つは感知用と二個用意しました』」


・「『かつては灯台管理とか電球のレンズ磨きのために一年に三回くらい現地に行っていましたね。日本領土を守っているのに、なぜかこれが違法行為とされていたんですよね。漁船登録している船で人を運んでいるから交通船だ、これは漁船法による航行区域外航行違反だ、とそういう理屈らしいですけどね』」


・「今でも尖閣はカツオやカジキがよくとれる豊かな漁場だという。かつてものの本に、『現在の尖閣はヤギが増えすぎて環境破壊が起こっている』という記述があった。その点を新嵩に問うと、彼は慚愧の念を押し殺すようにして語った」


・「『実はあのヤギも尖閣へ私たちが持って行ったものでした。緊急時の食糧にするために二頭のつがいを連れて行ったのです。当時の私たちは勉強不足で、まさかあそこまでヤギが増えて生態系を壊してしまうような事態を引き起こすとは夢にも思っていませんでした。本当は少し間引きをしないといけないのですが』」


・「ひどいときは五百頭以上ヤギがいて、風下に立つとヤギの臭いがひどかったという。 そしてヤギのせいでおきた自然破壊の中で一番大きかったのが『植物の減少』だ。 『ヤギはあらゆる植物を食べてしまうのですね。そのせいで地肌がむき出しになり、ガケ崩れが多くなるということです。そういう悪循環を生み出してしまいました』」


・「最初に連れ行ったのが二頭だけだったとするなら、普通に考えてその子供のヤギが何頭かできるだろうが、それ以上交配を繰り返すと一種の近親相姦が続くということで、それほどヤギが増えてしまうのが想定外だったというのはわからなくもない」


・「『何年前でしたか、エビ運搬船が嵐で尖閣に座礁したことがありました。その際の乗組員が二十数名いて、私たちが避難小屋に残していた缶詰などの食糧で生き延びたということはありました。シュウダという、興奮すると匂いを出すヘビがいるのですが、そのヘビとセンカクモグラというモグラの一種も確かにいなくなってしまいました』 新嵩の尖閣物語はさらに続いた」・・・


【タカ大丸】=ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。

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