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昨30日は、恩人の19回目の祥月命日

2017年07月31日
(昨30日は、恩人の19回目の祥月命日)


・実は昨日は昼から忙しく、夜も「コインランドリーでの大洗濯」、深夜は「パンツたたみ」などでユックリ恩人を偲べないので、「降臨は明日にしてくださいね」と頼んでいた。恩人は律儀に今朝の私の夢路に降臨し、例の「破顔一笑」の笑顔で私を元気づけてくださった。


・そうなんだ。人は誰でも死んで行くが、恩人・石出御大は1998年7月30日逝去=60歳。恩人のマグダチで、私の畏友であった〔紋太センパイ〕は、2002年6月28日逝去=65歳。みんな「何でそんなに急ぎ旅だったのか?」と今更思う。


・同時に、「石出御大は19年の彼方。紋太センパイは15年の彼方。そうだ、私が寝食を共にした愛犬・長七郎も、もう15年の彼方なんだ。私を慕ってくれた後輩諸氏でもそうだ。向田は2007年12月=60歳、鈴置八どんは2015年1月=70歳。奥永は2016年11月=69歳・・・うぅん、『風蕭蕭として易水寒し』の心境だなぁ」と染々と寂しい。


・しっかしま、「私程、彼らのフルカラーの映像を鮮明に覚えている奴」もそうそう居ないだろうし、「言葉の遣り取り」だって克明に覚えている。私が生きている限り、彼らは私の4Kか8Kの胸の中で生き続けているのだ。


・身は彼岸に渡っても、彼らは私の心の此岸(しがん)で生きている。私の『4がん5バトルの戦場の風』は冷たいが、毎回戦場から舞い戻れるのは、彼らが私の心の此岸を守ってくれているんだろなぁ・・・などと思い直し、大分下がっているファイティングポーズを固めて、キリリと上げている今日の私である。


◇さて、恩人・石出御大の思い出話である。


・その日、私と〔紋太センパイ〕を乗せて、日本車最大・最強と言われていた【トヨタ・センチュリー】を自ら運転されて、石出御大は『住宅機材展』だったかのショー会場に向かわれていた。


・会場の駐車場は狭く、既にイッパイイッパイの状況。「なんや!こんな狭い駐車場で!」と佛佛言われている御大。私が車窓から首を出してクルクル見ると、すぐ近くに『第2駐車場』と案内された小高い丘が。「見て来ます」と言って階段を昇って行くと、結構広い『第2駐車場』が。空きスペースもユッタリ。


・「上は悠々に空いてますよ。ただ入り口のスロープはアッチ!グルッと回ってください」・・・聞こえた御大は、「グルッと回る」どころか、今私が昇った階段を【トヨタ・センチュリー】で昇ろうとしているではないか!


・「止めろ!止めろ!車がひっくり返る!」と叫んでいる悲痛な〔紋太センパイ〕を、怖がらせたいのだろう、御大はニヤニヤしながらゴットン!ゴットンと【トヨタ・センチュリー】で階段を昇って来る。口を開け呆気に取られている私の前に、最後はガガーッと腹を刷りながら【トヨタ・センチュリー】は見事、人間用の階段を昇り切ったのだ!


・車からフラフラになった〔紋太センパイ〕が這い出して来て、丘の上に座り込んでゼーゼー言っている。車を駐車した御大は、我らの方にスタスタと歩きながら、「私は一級建築士やろ?車で昇れる階段かどうか、一瞬で角度の見分けが付きます」と涼しい顔。


・兎に角「受け狙い」なら何でもやる、超ユニークな恩人・石出御大であった。

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