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16年前、「多数個肝臓転移腫瘍」消滅宣言がされた今日

2017年07月18日
(16年前、「多数個肝臓転移腫瘍」消滅宣言がされた今日)


・私の『3がん4バトルの闘病記』【生還へのフォアボール】(がん患者への応援歌)は、多くの友垣・諸先輩のご支援により、2009年12月16日に発刊された。338ページの、我ながら立派な本になった。しかし全国の〔がん患者〕が、病院や医師の固定観念を抱かれるのを回避し、全部「仮名」にした。


・しっかしま、今「WEB出版」の準備を進めている『4がん5バトルの闘病記』【心に陽だまりがあれば】(がん連戦と山頭火)では、せめて私が命を預けている【愛知県がんセンター】も、主治医である1.放射線診断部の山浦秀和ドクターも、2.消化器外科の伊藤友一ドクターも、3.内視鏡部の田近正洋部長にも、実名で登場して戴こうと思っている。公人と言っても良いからである。


・また【心に陽だまりがあれば】(がん連戦と山頭火)では、1,2バトルは記録記述に留め、3,4,5バトルを中心に書こうと思っている。縦糸は闘病する私の心の葛藤に変わりはないが、横糸には「独りでがんバトルを闘う私に添ってくれた.『行乞流浪の俳人:種田山頭火』を編み込んでみようとおもっている。


・いずれにせよ、本日7月18日は、2001年(16年前)に「多数個肝臓転移腫瘍・消滅宣言」が為された日である。文中は〔荒川ドクター〕になっているが、つい先だってまで全国400以上の『がん診療連携拠点病院』の頂点である【国立がん研究センター中央病院】の院長を務められた〔荒井保明〕ドクターが、「放射線診断部・部長」として【愛知県がんセンター】に勤務されていた時の話である。以下。


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【7・8 肝臓の入院造影撮影・二〇〇一年七月十六日(月)、十七日(火)】


・「荒川ドクターが、一泊二日の検査入院のため八階東病棟=@五千円の個室を予約してくれた。午前十時、胸と腹のレントゲン撮影。十一時までに再びの急所シェービング。十一時以降飲水禁止。午後一時、左手首に点滴針リザーバ埋め込み。一時二十分ストレッチャーで二階放射線室へ」


・「右股付け根にまた大穴を開け、カテーテルで肝臓造影剤を注入して肝臓造影撮影・・・ふぅう、『ファイティングポーズ!』と己に気合を入れる」


・「三時、ストレッチャーで部屋に戻ると芙美子(家内)来ている。六時まで仰向いて微動だにできず。特に右足は絶対静止。毎度のことだが腰がちぎって捨てたいほど痛い」


・「五時、芙美子が夕飯を食わせてくれる。七時芙美子帰る。ありがとう。疲れて九時に眠るが、夜中の二時に目が覚めてしまう。どうか、私の上に奇跡が起こり、あの散弾銃で撃たれたような無数の転移がんが、小さくなっていますように」


【7・9 荒川ドクターの所見発表=腫瘍消滅宣言・二〇〇一年七月十八日(水)】


・「荒川ドクターの所見発表のこの日、私はいつものように放射線診断部外来に独りで出向いた。『もう、独りで闘おう』との決心の、自身に対する再確認のためと、若し結果が『凶』と出た場合の芙美子を慮(おもんばか)ってである」


・「荒川ドクターはニコニコしながら、『前回十二月の肝臓造影撮影写真に写っている腫瘍の一個一個が、今回どうなっているか追っかけて、正直朝までやっていました。随分時間がかかりました。一個『クサビ型の影』がありますが、腫瘍にクサビ型はありませんから残骸でしょう。あのたくさん有った腫瘍は、すべて消えたとしか、現在のところ言えません』」・・・


・「お!? おお? 腫瘍が消えた? あの散弾銃で撃たれたような腫瘍が消えた? そんな奇跡が私の上に起こったのだ! 心が宙を舞う想いとはこのことだろう。思わず立ち上がってガッツポーズをしたあと、『荒川先生、命を助けて戴いて有難うございました!』と荒川ドクターに最敬礼する」


・「人間必死に念ずれば、願い事は叶うと色々書いてはあるが、しかし現実に私の上にその奇跡は起こったのだ! 肝転移の告知の翌日、明るく肝臓がんと闘う患者の話をして激励してくれた水尾婦長に、私は『神』を見ていた気がするが、今日はニコニコしている荒川ドクターに、より鮮明に『神』を見る想いがしたものだった」


・「一番に芙美子に電話する。芙美子が電話の向こうで泣いている。次は当然〔紋太センパイ〕に!と気負ったが、私は手を止めて思いとどまった」


・「一週間前の七月十一日、春先の三月二十八日に残った右肺上葉をえぐる大手術に耐えた紋太センパイは生還退院していたが、ムーンフェイスで満身創痍(まんしんそうい)になって自宅療養しているセンパイに、私は、自分だけの幸せを絶対に伝えられなかったのだ」・・・

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