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渡瀬恒彦氏が逝った:72歳

2017年03月16日
(渡瀬恒彦氏が逝った:72歳)


http://rdsig.yahoo.co.jp/_ylt=A2Ri5BWSD8pYNDkANHEEnf57/RV=2/RE=1489723666/RH=cmRzaWcueWFob28uY28uanA-/RB=cfyIKMMxzY4dldvoY_zIBBojHyM-/RU=aHR0cDovL25ld3MueWFob28uY28uanAvcGlja3VwLzYyMzMzMzkA/RK=0/RS=xBV3vC5XcVQOqZy66yCyZnjXOUQ-


・先ずは先に直腸がんを患いながら、人工肛門(消化管ストーマ)を着用して頑張って来た兄:〔渡哲也〕氏(75)の胸中を察する。仲が良かった弟:〔渡瀬恒彦〕氏は胆嚢がんで逝ってしまった。


・たまたま私と逆なのである。私は末期大腸がんの肝臓への「多数個転移」(手術不能・結腸癌肝転移)を、肝動注という手法(心臓から肝臓への大動脈に横入りしたビニール管で、25回の「肝臓直接・抗がん剤投与」で命を救われた(2001年)。


・その後、その「空爆」を逃れて肝臓の裏側(胆嚢近く)に回って成長した「転移がん」を、近接部位であったため「何の罪科(つみとが)も無い胆嚢」と一緒に、開腹切除した(2008年)。だから私には、その胆嚢が無い。〔渡瀬恒彦〕氏の場合、先ず「胆嚢ががんに冒され、肝臓内にがんが広がって行ったのだろう。


・持って生まれた「スター性=華」では兄には及ばなかったが、何でも出来る、存在感のある俳優だった。永らく故〔三橋達也〕氏の当たり役だった『十津川警部』が、〔渡瀬恒彦〕氏のはまり役になって来ていた時だけに残念だ。本人はもっと無念だろう。


・この上は、元気に恙なく旅立って欲しい。長い間、お茶の間を楽しませてくれて有難う。兄貴のこともそっちから見守ってあげておくれな。


・YAHOOニュースから、スポニチアネックス の記事を以下。


・「【ケンカ最強伝説も…渡瀬恒彦さん 兄・渡哲也の前だけでは“弟の顔”】スポニチアネックス 3/16(木) 10:55配信」


・「★渡瀬恒彦さん死去・・・空手道2段で『芸能界で最もケンカが強い男』と俳優仲間からも一目置かれていた渡瀬恒彦さんだが、兄の渡哲也(75)にだけは弟の顔をのぞかせた。2011年に放送されたTBSドラマ『帰郷』で40年ぶりの兄弟共演を果たしたが、会見で見せた丁々発止は強烈に兄弟仲の良さを印象づけた。先に逝った弟、渡の胸中は察するに余りある」


・「渡瀬さんの“強さ”は伝説化していた。『生意気盛りの俳優を撮影所の駐車場に呼び出してボコボコにした』『米兵3人を1人で撃退』などなどエピソードは枚挙にいとまがない」


・「そんな最強男がリスペクトし、そして甘えられる存在が兄の渡だった。兵庫県淡路島から上京し、学生時代は新宿で共同で下宿生活を送った。兄は青山学院大学、弟は早稲田大学で空手部に籍を置き、心身を鍛えた。渡は木製のハンガーを手斧(おの)で割ったが、弟の渡瀬さんの方が腕は上だったという」


・「渡はその後、日活に入社したが、実は勝手に書類を出して、俳優になるように仕向けたのは弟の渡瀬さんだった。やがて弟も役者の道に進む。そして共演こそ多くはなかったが、互いに一目置くスター俳優に成長」


・「1995年に阪神淡路大震災が起こると、渡瀬さんも兄が率いる『石原軍団』に合流して、故郷の淡路島や芦屋市に駆け付けて炊き出しを実施。カレーや焼きそばを振る舞って被災者を勇気づけた」


・「その後も日本酒のCMで共演するなどして仲の良さを印象づけた。11年には71年のNHK『あまくちからくち』で双子を演じて以来、40年ぶりに『帰郷』で共演。医師兄弟の22年にも及ぶ愛憎劇だったが、千葉県市川市行徳で行われた制作発表会見は今でも語り草だ」


・「互いの印象を聞かれた渡は『身内なので非常に申し上げにくいのですが、弟は私をはるかに超えた俳優になったなと。野球のピッチャーに例えるのなら、私はボール気味のストレートしか投げられないのですが、弟の場合はフォークとかスライダーも投げられるうまい役者になった』と絶賛」


・「これには渡瀬さんも照れくさそうな表情を浮かべながらうれしくてたまらない様子。『(兄は)相変わらず直球しか投げられない人だなと感じました』と憎まれ口を叩きつつも『でも、僕は直球のスピードが出ないので、なんとかかわしながらでも…とセコいことを考えながらやっているだけなんです』と兄の真っすぐなところを称えた」


・「本気でぶつかりあった兄弟げんかのシーンは迫力満点。これが最後の兄弟共演となってしまうとは渡も思わなかったかもしれない」・・・

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