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「のど元過ぎれば」の展開:朝日・毎日など

2017年01月15日
(「のど元過ぎれば」の展開:朝日・毎日など)


http://www.sankei.com/column/news/170115/clm1701150007-n1.html


・例えば藤田嗣治画伯は、二度と日本に帰ることは無かった。彼なりに、国の命令とは言え、「戦争鼓舞絵画」の傑作を多く描いたことへの、自分のケジメだったのだろう。『麦と兵隊』など、多くの従軍兵士作品を世に出した火野葦平氏も自死している。双方とも名作だっただけに惜しまれるが、個人の信念だったのだろう。


・それに対して「個人ではなく会社組織」である朝日新聞や毎日新聞は、恥を知らない。戦争礼賛記事を連日連夜書き続け、撤退でも転進、全滅でも玉砕と、都合の良い言葉を論(あげつら)い、敗戦となったら今度はサヨク新聞となって日本政治を叩く。昔の親なら「変節・人間として恥ずかしい代表に」これら新聞を選んでいただろう。


・だから60歳になってWEB・ネットが発達して行くまで、私は小説や、週刊誌ばかり読んでいた。今はネット上の記事を15~20誌くらい読んで、共感出来る記事を読者の皆様に、私なりの切り口で解説しご紹介している。「保守中道うやや右」の立ち位置の私には、ネット記事を豊富に供給してくれる『産経新聞』と、相性が良くなる。読売新聞なんざ、ペーパー新聞の売り上げ志向主義なのか、滅多にWEB上ではお目にかからない。


・考えようによっては、今年75歳にもなるのに、「昨日勤皇、明日は佐幕」のような寄る辺ない主義主張では人間性さえ疑われる。もう一度繰り返す。私の立ち位置は『保守中道やや右』である。同じ立ち位置の方々が500でも1000でも、毎日読みに来てくださることを切望している。


・産経ニュース・[新聞に喝!]から、記事を以下。


・「【戦争遂行に貢献した『新聞』 戦争責任を反省したといえるか? 元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦】産経ニュース・[新聞に喝!] 2017.1.15 11:30」


・「安倍晋三首相は昨年12月27日(現地時間)、米ハワイの真珠湾記念館を訪れ、オバマ米大統領とともに追悼式に臨んで演説を行った。新聞各紙は29日にそれについての社説を掲載している。その論調は評価するものと、しないものと、大きく2つに分かれた。前者が産経と読売、後者が朝日、毎日、東京、そして日経であった」


・「評価するものは、反省や謝罪に言及せず、未来志向に徹したことを挙げた。評価しないものは、反省・謝罪がなく、特に、日米戦争の前提となり、かつ連動していたアジア地域の被害に言及しなかったことを挙げた。例えば、東京の社説のタイトルは『和解の力、アジアにこそ』とある」


・「朝日の社説では、『アジアへの視線も希薄だ。太平洋戦争は日米だけの戦争だったわけではない。米英などとの開戦は、満州事変以来の10年に及ぶ中国への侵略や、その行き詰まりを打開するための東南アジアへの武力進出から生まれた。アジアの人々にも悲惨な犠牲を強いたことを忘れてはならな』」とある」


・「毎日は、『もう一つは、アジアへの視線が見られなかったことだ。(中略)しかし、満州事変以降の中国侵略の拡大が、やがて日米開戦につながった経緯や、それらに先立つ韓国の併合について、首相がどういう認識を持っているかは、国のあり方の基本にかかわる問題だ』と述べている」


・「ところで安倍首相に対して、アジアへの戦争責任の言及を執拗(しつよう)に求める新聞は、自分自身の戦争責任については、一体どうなっているのだろうか」


・「戦争当時は、朝日と毎日(東京日日)が2大紙であって、読売の部数はずっと少なかった。その両紙が満州事変を機に、戦争を積極的に賛美する報道を展開したのは、まぎれもない事実である。新聞は戦争の遂行にあたって、絶大な貢献をしたのである」


・「戦争によって新聞は部数を大幅に伸ばした。特に朝日は昭和6年の140万部から同17年の370万部にまで、倍以上に増加して毎日を追い抜いた。(吉田則昭『戦時統制とジャーナリズム』巻末資料)」


・「しかし私の知る限り、新聞は自己の戦争責任について、真剣に反省し、国民に謝罪しているとはとても思えない。例えば、朝日が戦時報道を厳しく自己検証したとするノンフィクション『新聞と戦争』(朝日文庫)だ」


・「作家、井上ひさし氏に、巻末のコメントで、『新聞はあの戦争を正義の戦争だとうたった。国家にとって不都合な情報は、情報局や軍の報道部に抑えられて報道しなかった。それらの点で新聞には、戦争責任があると言える。だが、あのときの新聞に『この戦争は間違っている』と批判出来ただろうか。当時の私自身の感覚に照らせば、無理だったと思う』と、言い訳を代弁してもらっているのだ」・・・


☆【プロフィル】酒井信彦(さかい・のぶひこ) 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で、『大日本史料』の編纂に従事。

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