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切株に座る二宮金次郎:日本人劣化の証

2016年11月23日
(切株に座る二宮金次郎:日本人劣化の証)


http://news.livedoor.com/topics/detail/12320371/


・全く「何にでも文句を付ける」「世間を斜に構えて観る」輩は多いものだ。『二宮金次郎像』をパターン認識することも出来ず、栃木県日光市の小学校では、「とうとう切株に座らせてしまった」そうだ。何という狭量、何という浅墓さよ!


・ならば問う。流鏑馬(やぶさめ)の両手放し乗馬は「オートバイの両手放し運転」を連想させるのか?世界中に在るションベン小僧は「幼児淫行に繋がる」のか?こういう馬鹿馬鹿しい「世間の声」は、一部「傾いた連中」の声である。呆れてモノも言えない。


・ライブドアトピックスから、NEWSポストセブン の記事を以下。


・「【二宮金次郎像に『歩きスマホ』『虐待』のクレームは的外れ】NEWSポストセブン 2016年11月23日 7時0分」


・「今年3月1日、栃木県のとある小学校。除幕式で披露されたのは、背中に薪を背負ったまま切り株に腰をかけ、読書にふける二宮金次郎の像だった。歩きながら本を読むお馴染みのスタイルが、なぜ変わったのか。『二宮金次郎像』研究家の河野哲弥氏が解説する」


 * * *


・「栃木県日光市の小学校に作られたこの像は、金次郎の思想を普及・啓発する団体が寄贈したもの。同団体の代表は地元紙・下野新聞に『歩きながらスマートフォンを操作する行為を肯定しかねない懸念や、歩いて本を読むのは危険だなどという市民の声も聞き座像にした』とコメントした」


・「『市民の声』が金次郎を『座らせた』のだ。立像が歩きスマホを誘発するとは思えないが……。2012年1月25日付の毎日新聞によると、老朽化などに伴い、全国の小学校に建立された金次郎像の撤去作業が進んでいる。像の復元に反対する意見として、『子供が働く姿を勧めることはできない』という教師や、『戦時教育の名残』という保護者の声を同紙は伝える」


・「『勤勉の象徴』のはずが、すっかり旗色が悪くなった金次郎像。反対派の中には、『子供の労働を推奨し、児童虐待につながる』との意見まであるという」


◆明治天皇も魅了された

 
・「そもそも、なぜ金次郎像は全国に広まったのか。江戸時代後期の1787年、現在の神奈川県小田原市に生まれた二宮尊徳(金次郎)は若くして両親を亡くして伯父の家に引き取られ、朝から晩まで働きながら勉学に励んだ。血の滲むような努力の末、20代前半で生家の再興を果たしてから小田原藩家老に仕え、封建社会で疲弊した農村の復興や藩財政の立て直しに貢献した」


・「そんな金次郎を世に知らしめたのは、没後、弟子の富田高慶が著し明治期に刊行された伝記『報徳記』だ。明治24年には幸田露伴が『報徳記』をもとに『二宮尊徳翁』を記し、その中で薪を背負いながら本を読む金次郎の挿し絵を初めて紹介した。明治27年に内村鑑三が英文で書いた『代表的日本人』では、西郷隆盛、日蓮上人らと並んで金次郎を『日本の五大偉人』のひとりに挙げた」


・「明治43年には、彫刻家の岡崎雪聲が薪を背負って歩きながら読書する金次郎の銅像を初めて制作した。この像に魅了された明治天皇はわざわざ像を買い求め、現在は明治神宮の宝物殿に保管されている」


・「その後、昭和初期に富山県高岡市から『銅像で町おこし』というムーブメントが起こると、鍛冶職人の伝統がある同地で作られた金次郎像は『富山の薬売りルート』に乗り、全国的に広まった。戦前には全国各地の小学校などでお馴染みの像となった。『立って本を読む』金次郎像は、そうして我々の身近になったのだ」


◆本質が置き去り


・「このような経緯から考えれば、『歩きスマホ』『虐待』とのクレームはいかにも的外れだ。昼間は一生懸命働き、夜間は灯をつけて勉強していた金次郎。伯父に『油代がもったいない』と咎められると、『自分で油をとれば文句はないだろう』と思い立ち、友人に借りたわずかの菜種を荒れ地に植えて栽培し、それを灯し油にして志を貫いたのである」


・「村人が捨てた苗を拾い集め、荒れ地を耕した田に植えてコメ一俵(60kg)を収穫した逸話も残る。つまり、金次郎は決して『働かされていた』のではなく、限られた環境で学んだ知識をもとに創意工夫し、自らの努力でコツコツと未来を切り開いていった」


・「単に薪を背負って歩きながら読書したから偉いのではなく、貧しくても努力すれば未来は開けるという『夢や希望』を象徴するのが戦前の金次郎像であり、極論すれば、立っていようが座っていようが構わないのである」


・「その本質を理解せず、像の形だけを見て自分勝手に解釈し、『歩きスマホを助長する』『児童虐待だ』などと目くじらを立てるのはピントが外れている。3月に座像が建立された日光市今市地区は、幕府に日光神領再興を命じられた金次郎が事業の最中に没した終焉の地である。切り株に腰かけ、うつむきながら本を読む金次郎の表情が、どこか哀しげに見えるのは私だけだろうか」・・・


☆【PROFILE】河野哲弥(こうの・てつや) 1967年生まれ。立教大学卒。二宮金次郎像の制作史や系統樹の研究を行う傍ら、全国で見かけた珍しい像の紹介・解説なども手掛けるフリーランスのライター。「YM我報」主宰。※SAPIO2016年12月号

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