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訃報:石原プロ小林元専務逝去

2016年11月03日
(訃報:石原プロ小林元専務逝去)


http://news.livedoor.com/topics/detail/12233361/

・日活ホテル従業員時代にトラブルを起こして日活撮影所へ。石原裕次郎と三船敏郎が、文字通り「命を張った」【黒部の太陽】の撮影現場に、頼まれもしないのに毎日顔を出し、重労働を買って出ていたという変わり種。しかし裕次郎の厚い信頼を得て、「石原プロモーション」の専務に。


・どれほど辣腕だったかはwikiを眺めて貰えばご理解戴けるが、wikiに無いエピソードを私からひとつ。裕次郎には晩年、横浜に「聡明で、出来た愛人」が居たことはフアンなら誰もが知っていたこと。裕次郎は彼女のために〔なかにし礼〕に頼んで【よこはま物語】を書いて貰っている。〔なかにし〕も裕次郎の意を汲んで、「♪無理をしないで ただ末永く 好いて欲しいと 言っては泣いた」と、いい作品に仕上げている。


・裕次郎はいつものように、彼女の部屋でパジャマに着替え、ひと時のユッタリした「たばこの煙モウモウ」の時間を過ごしていたのだろう。そして突然襲った「解離性大動脈瘤」の破裂。救急車を呼び「慶應病院へ!」と的確に指示したのは彼女だったようだ。慶應病院救急救命科の誰かが、「キチンとパジャマを着て、準備のよい患者さんだと思った」と何かの週刊誌にバラシていたのを覚えている。


・愛称「コマサ」こと小林正彦専務の大活躍はこれからだ。一説には2億円とも3億円とも言われた大金を、隈なくマスコミの隅々にまで配り、見事に「裕次郎の愛人説」を揉み消した。人間業では無いような八面六臂の激走だったようだ。


・5年前に、この「コマサ」が石原プロを去り、同プロはもう、火が消えたような寂しさだ。ご本人は「恋しい裕次郎親分の処への旅立ちだから、ユッタリとどころか、恐らく満面笑顔で小走りの旅だろう。小林正彦さん、長い間有難うございました。そちらで楽しくやってくださいね。


・ライブドアトピックスから、日刊スポーツ の記事を以下。


・「【石原プロ番頭、小林正彦さん死去 西部警察手掛ける】日刊スポーツ 2016年11月3日 9時56分」


・「俳優石原裕次郎さん、石原プロモーションを支えた、同プロ元専務の小林正彦(こばやし・まさひこ)さんが10月30日朝、虚血性心不全のため都内の病院で死去したことが3日までに分かった。80歳。葬儀は近親者で行った。コマサの愛称で親しまれ、石原プロの『番頭』として映画、ドラマ、イベントなどを仕切った」


・「三重県生まれで、日活ホテル入社。日活撮影所俳優課に異動。担当ではなかったが、裕次郎さんからたびたび応援に呼ばれるようになった。裕次郎さんが63年に石原プロ設立した後も、作品の製作担当として実務面の指揮をとった」


・「69年「栄光への5000キロ」でアフリカロケの準備などに奔走し石原プロ入り。『西部警察』などドラマの制作も手掛けた」・・・

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