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ジーターやA・ロッドがイチローを語る

2016年07月30日
(ジーターやA・ロッドがイチローを語る)


http://www.msn.com/ja-jp/sports/mlb/%e3%82%a4%e3%83%81%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%81%8c%e3%83%a1%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%bc%e4%b8%8a%e9%99%b8%e3%81%97%e3%81%9f2001%e5%b9%b4%e3%80%82%e3%82%b8%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%82%84a%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%83%e3%83%89%e3%81%8c%e3%81%9d%e3%81%ae%e8%a1%9d%e6%92%83%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%80%82/ar-BBv1vYZ


・昨日の先発出場、イチローは4打席ノーヒットで足踏みだったと別記事が伝えているが、1.イチローでも気負いが有ったのか、2.夢を長引かせるイチローの作戦か、3.たまたま偶然かは知らない。


・この記事は、1.3000本安打まであと2本、2.野球殿堂入りの確実視されているイチローを、MLBの『3000本安打』クラブ入り6番目の〔デレク・ジーター〕や、21番目の〔アレックス・ロドリゲス〕らが語ってくれたものである。イチロー3000本安打直前の、グッドタイミングな記事である。


・MSNニュースから、Number Web・ナガオ勝司氏の記事を以下。


・「【イチローがメジャー上陸した2001年。ジーターやA・ロッドがその衝撃を語る】Number Web・ナガオ勝司 2016/07/30」


・「2001年のイチローは、リーグ最多安打、最多盗塁、首位打者を獲得し、文句なしの新人王。伝説はここから始まった。〔ルー・ピネラ〕元マリナーズ監督が7月、『イチローの通算3000安打について』の電話会見を開いた。1990年にワールドシリーズ優勝を果たしたのがレッズ時代であり、現在も編成部門の顧問を務めているため、かつてピネラが指揮を取ったマリナーズやカブスなどの球団ではなく、レッズの広報が音頭を取ってのものだった」


・「最初の質問はやはり、イチローがデビューして新人王と最優秀選手賞を獲得し、マリナーズがア・リーグ西地区を史上最多タイの年間116勝で制した2001年のことである。『日本にいた頃にマリナーズのキャンプに招待し、2000年のオフに契約するチャンスが生まれたわけだが、それはマリナーズにとって、とても素晴らしい契約となった』」


・「いろいろと思い出す。イチローがメジャー挑戦を開始した2001年、筆者はボストンのフェンウェイパークを中心に取材していた。レッドソックスに野茂英雄と大家友和両投手がいたこともあり、イチローや彼を取り巻く日本のメディアの喧噪を外から眺める形で、対戦相手だのチームメイトだのの取材に追われていた」


・「★ジーター『野球を楽しんでやがるんだなぁって』・・・『正直に言うけど、プロに入ってからショートを守っていて、こんなにプレッシャーを感じたことは今までないよ』 そう言ったのは当時、イチローと同じ27歳だったデレク・ジーター(ヤンキース)である」


・「『ウチ(旧ヤンキースタジアム)に来た時、何でもかんでもやりたい放題だったから、走者として二塁に来た時に『おいおい、ちょっとはスローダウンしてくれないか?』って言ってやったんだけど、彼ったら、嬉しそうに笑いやがってね。あ、こいつも俺やほかの選手と一緒で、メジャーリーグで野球を楽しんでやがるんだなぁって思ったよ』」


・「そうジーターは話してくれた。フェンウェイパークの“レッドソックス対ヤンキース”と言えば、今も昔もメジャー屈指の黄金カードだが、当時はそこに“ジーター対ノーマー・ガルシアパーラー”という新世代のスーパースター対決も含まれていた」


・「★イチローに対しては、前進守備も取れない・・・『内野安打が怖いからと言って、あまり前に出て守ることは出来ない。彼は三遊間や二遊間深くに打球を打ち込む技術を持っている。そんな場所に打球が飛んだら、前進守備じゃ対処できない』」


・「そう教えてくれたのはやはり、当時27歳のガルシアパーラーだ。その前年の2000年、ガルシアパーラ―はア・リーグの右打者としてジョー・ディマジオ以来の2年連続首位打者タイトルを獲得。ジーターと同じ遊撃手として、“イチロー対策”に手を焼いていた」


・「『結局、そこはもう割り切って守るしかないって結論に達した。なるべく俊敏に打球に追いついて、なるべく速く正確に一塁へ投げる。まるでリトルリーグの基本をやってるみたいだけど、そうするぐらいしか思い浮かばないんだ』とガルシアパーラー」


・「本来は攻撃よりも守備重視のポジションに、攻撃的な選手を置く。当時はジーターやガルシアパーラー、そしてまだレンジャーズにいたアレックス・ロドリゲスがその殻を打ち破って、新世代の“攻撃的遊撃手”トリオとして君臨していた時代だ」


・「★A・ロッド『2001年はマリナーズにとって特別』・・・『イチとは、彼がマリナーズのキャンプに招待されてきた時からの友だちさ。彼がメジャーに来たがっていたのは知ってたし、実際に今、こうして成功を手に入れているのを見るのは嬉しいよ』」


・「当時25歳のロドリゲスは、そう言った。自身も前年までマリナーズに所属。ケン・グリフィー・Jr.(当時レッズ)やランディ・ジョンソン(当時ダイヤモンドバックス)らと共にマリナーズの黄金期を担っていたが、10年2億5200万ドルという当時史上最高の契約でチームを去った直後だった」


・「『(2001年は)マリナーズにとって特別な1年であり、その大きな一部分をイチローが占めていたんだ』 と再びピネラ監督。同監督とイチローが遺した数々の逸話の中でとくに有名なのは、オープン戦の最中、なかなか打球を引っ張らないイチローに同監督がクレームを付けた時のことだ」


・「★ピネラ監督にイチローが返した、洒落た一言・・・『唯一の心配事は、果たして日本からやってきた選手にメジャーリーグの投手の球を打ち返すことが出来るかどうか、だった。だから、オープン戦で反対方向ばかりに打球を飛ばしている彼に不安を感じ、ある日通訳を呼び止めて『そろそろ引っ張ってみたらどうなんだい?』と尋ねてみたんだ」


・「そしたら2イニングぐらい後、右中間に本塁打を打ちやがった。ホームベースを踏んでダッグアウトに帰ってきたイチローがなんて言ったと思う? 『これでハッピーですか?』だってさ』」


・「ピネラ監督と言えば、審判に激高して猛抗議し、ベースを引っこ抜いて放り投げるパフォーマンスが有名だ。マリナーズ時代にも度々そういうことはあったが、それもこれも『私は感情的な人間だから』という性格ゆえである。だからマリナーズ時代のピネラ監督は、イチローが公式戦デビューを果たして初安打を放つと思わず抱き締めて、頬にキスをしてしまったのである」


・「『そりゃ、とてもハッピーだったからさ(笑)。私はキャンプからあの若者が一生懸命プレーする姿を見ていたんだ。日本から来る選手にとって、メジャーリーグで成功するのはとても難しいことだ。そんな選手が初安打を打って、とても嬉しかったんだよ』」


・「★あれから15年。メジャー通算3000安打の達成を目前に、ピネラ監督は何を思うのか・・・『マリナーズ時代、彼を見ているのはいつも楽しかった。素晴らしい野球人生だ。彼が3000安打を達成するのは誇りに思うし、彼が殿堂入りする日が来るのをとても楽しみにしている』」


・「そう思っているのはきっと、ピネラだけじゃない。きっとジーターやガルシアパーラー、A・ロッドもそう思っていることだろう――」・・・

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