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『一流患者と三流患者』(朝日新書)

2016年06月12日
(『一流患者と三流患者』(朝日新書))


http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e5%8c%bb%e8%80%85%e3%81%ab%e5%ab%8c%e3%82%8f%e3%82%8c%e3%82%8b-%e2%80%9c%e4%b8%89%e6%b5%81%e6%82%a3%e8%80%85%e2%80%9d%e3%81%af%e3%81%93%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba/ar-AAgVBZX


・私の初版本:【生還へのフォアボール】(3がん4バトル闘病記)の299Pから301Pにかけて、こんな記述が有るので、先に破線内にご案内しておこう。以下。


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14・2 闘病の主人公は自分、がんバトルは個人競技


・私の通う【愛知県がんセンター外来】。「うわっ、今日は患者が多いなぁ」と思う日は、大抵男性患者が多い日である。男性は普段は「男」を前面に出しているが、いざ命の遣り取りのがんバトルになると、「男」が引っ込んでしまうのか、奥さん・お子さんを帯同してくる人が多い。だから、患者は一人なのに外来は二、三倍の大人数になる。


・逆に天晴れなのは女性である。特に高齢の女性は、たった独りでポツネンと坐っている。修羅場になれば、女性の方が度胸が坐るのだろう。だからがんを患ってからの私は、金輪際「女の腐ったような奴」という、馬鹿な例えは言わなくなったものだ。


・さて、その外来でよく観られる光景のひとつに、やたらに当り散らす、まるで世界中の不幸を一身に背負ったような患者と、それにオロオロと奴隷のようにかしずく哀れな連れ合いの姿が有る。がんを発症した遣り場の無い悔しさと悲しさ、死病と闘わなければならない不安感と恐怖感は察して余り有るが、そこには大きな勘違いが有り、同病の患者がひしめく病院内では、決して誉められた姿ではない。


・前述したが、世間には生来の難病と健気に闘う幼児も、理不尽な小児がんと懸命に闘う少年少女も「ごまん」と居る。成人してからがんを患ったのなら、己の不運を嘆くのはできるだけ早々に切り上げて運命を受け容れ、真正面からがんと向き合いたいものだ。


・私の友人に、何でも奥さん任せで、それを吹聴して来た旦那が居る。このおしどり夫婦の旦那にもがんが降りかかってしまった。不安症も昂じているのだろう、日に何度も私に電話がかかりアドバイスを求めてくる。私は経験上的確にアドバイスしている積りなのだが、電話の向こうの旦那は、いちいち大声で奥さんに確認を求めている。自分で判断する訓練ができていないのだ。


・闘病の主人公は奥さんではなく自分である。いくらおしどり夫婦でも、奥さんは良きサポーターとなり得ても身代わりになれる筈もないし、想い出を抱いて泣いて生きて行ってくれても、殉死してくれることもない。がんバトルは、がん患者同士の闘病のための連帯意識は別として、あくまで個人競技であって、闘いの結末は己独りの責任となる。団体競技のような連帯責任は生じないのだ。


・私が青春のひと時没頭した剣道の、基本中段の構えは「正眼」である。竹刀の柄先(つかさき)をシッカリ握る左小手は臍下丹田(せいかたんでん)の前に置き、右小手は竹刀の鍔元(つばもと)にソッと添えるように握る。正眼の構えはどんな打ち太刀にも変化でき、どこからの攻め太刀にも千変万化の対応ができる。眼は剣尖の先の対手を見るが、対手の小手先から眼と体全体を、更に足運びまで見ている。見るは、時には観るで、診るでもある。だから正眼は、青眼とも星眼とも書く。


・正眼の構えは、平常心の象徴でもあるし、不退転の姿勢でもある。剣道に無縁な読者の皆様にも、がんと向き合うには、いたずらに気負った上段の構えより、静かな中に溶岩のような気迫がみなぎった、正眼の構えで闘って欲しいという私の願いも伝わるだろう。


・たしかにがんを告知されるのは衝撃ではあるが、わが国ではもうがんの罹患は男性二人に一人、女性三人に一人という高い確率(注:当時。今は公平に二人に一人)である。それなら物は考えようで、それだけ多くの『がん戦友』が居ると思えば、「どうして自分だけが?」という被害者意識などに捉われず、「みんなも頑張っているんだ!」という連帯意識すら抱いて、元気にがんと闘えるのではないだろうか・・・


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・「【医者に嫌われる “三流患者”はこんな人】dot(ドット) 2016/06/12」


・「『一流患者と三流患者』(朝日新書)が話題になっている。病気になれば、最良の医療に最短でたどり着きたいものだが、医師から最高の医療を引き出せる一流と、三流の違いは何なのか。そもそも医師は、患者をどのように見ているのだろうか」


・「まずは、こんな問題ケースから紹介しよう。『診察で先生から受けた説明ですが、そのまま文章にして、メールでください』 女性患者からそんな“お願い”をされたのは、心臓外科医で、昭和大学横浜市北部病院循環器センター教授の南淵明宏医師。数年前のできごとだが、忘れられないという。(解説:勤務医がどれほど多忙で激務かという配慮が全く無い患者!)


・「患者は、心臓の弁に異常があり、緊迫した状態。そう病状を説明すると、病気になったのは医師のせいとばかり、攻撃的な態度をとりはじめた。揚げ句の果て、診療の最後に口にしたのが、この要求だった。『私たち医師は、患者さんには誠実でありたいという思いで接しています。ですが、自分は被害者で医者はそれを治すのが当然と、反抗的な態度をとる患者さんもいる。そういう方は、どんな医師も関わりたくないと思うでしょうね』」


・「南淵医師はその夜、病気や手術について事細かく説明した文章を書き、患者にメールした。そして最後はこう締めくくった。“別の病院におかかりください。お願いします”。それ以降、患者からの連絡はない」


・「医師も人間だ。一肌脱ぎたいと思う患者もいれば、親身になれない患者もいる。医師の能力や技術力とは別の“プラスα”を引き出したければ、前者の“愛される患者”を目指したほうが得策で、医師の気持ちが遠のくような患者にはならないほうがいい」


・「『患者力 弱気な患者は、命を縮める』(中公文庫)などの著書もある南淵医師のもとには、全国各地から患者が訪れる。『心臓手術は、患者さんにとっても大きな決断です。ですから、病気について調べてくるし、治療法についても熱心です。けれども時々、勘違いしている患者さんもいますね』」


・「自身もがんに罹患し、治療の経験がある上野直人医師。同医師が勤務するのは、米国で最も先進的ながん医療を行っている、テキサス大学のMDアンダーソンがんセンターだ。がんの薬物療法などを行う腫瘍内科医の上野医師は、『アメリカでも、『患者の質』に格差がある』と指摘する」


・「『日本で多い“医師にすべてお任せ”という患者さんは、米国にも結構います。“限られた人生、医者の言いなりでいいのだろうか”と考えてしまいます』 ただ、“お任せ患者”はまだ救いがあるという。 『いい医師に出会えれば、お任せでもうまくいく可能性があるわけですから』 と上野医師は話す」


・「問題患者の最たるものは、文句しか言わない患者だ。『一流患者と三流患者』には、著者の上野医師が受け持った、抗がん剤治療を受けている進行がん患者のエピソードが紹介されている。『副作用がつらいので、3週に1回の治療を5週に1回に変えてほしい』 患者は上野医師に訴えた。だが、3週を5週に延ばした際の治療効果を示す、科学的根拠がなかった。『調子が悪いなら、薬はやめて様子をみましょう』 上野医師が提案すると、患者は突然キレた。『再発するからダメです!』」


・「5週に一度の治療を言い張るだけで、あとは何を言っても聞く耳を持たない。『根拠がない治療は勧められない。理解してもらえなければ、それ以上の話はできません』(上野医師) このほかにも、診察室で怒鳴る患者、医師の前では従順な態度をとっていたのに、診察室を出たとたん看護師に当たる患者……。上野医師は多くの問題患者を目にしてきた」


・「『聞きたいことも聞かず、怒ってばかりいたら、医師もほかのメディカルスタッフも、最低限の付き合いしかできなくなってしまう』 上野医師は嘆息する。こうしたいわゆる“三流患者”が被る不利益は大きい。南淵医師が言う」


・「『心臓病では、治療の機会を逃すと心臓だけでなく、肝臓、腎臓も悪くなり、不整脈も出てくる。そうなると手術のリスクもグンと上がります』 『3分診療時代の長生きできる受診のコツ45』(世界文化社)の著者で、東京高輪病院内科の高橋宏和医師もこう述べる。『医師らとのコミュニケーションが取れないと、必要な情報をもらえず、その間に病状が進んで、治療のタイミングを逸してしまう可能性も出てきます』」


・「医師から愛される一流患者ならばどうか。『回り道せずに、最善、最良の医療に最短でたどり着けます。その結果、時間だけでなく、費用も節約できる可能性が高い。また、そういう患者さんであれば、別の病気が見つかった場合も、知り合いの医師を紹介したり、その病気に詳しい医師に問い合わせたり、検査を勧めたりすると思うんです。得する部分は多いと思います』(高橋医師)※週刊朝日 2016年6月17日号より抜粋」


・(解説)私の初版本は、2009年12月16日に発刊されている。「3がん4バトルの戦場からの生還兵」として書いた。今私は、「4がん5バトルの旅人」であり、2版目の【がん連戦と山頭火】を執筆中である。思えばもう、16年に亘る「がんバトル」だ。常にゴッドハンドに恵まれて来た私は、若しかして「一流患者」なのかも知れない。

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コメント

10日間、自分は一流の患者か三流の患者か? 時差呆けと老人呆けが混ざった頭で考えてました。今日の結論では一日でも永らえて世に感謝できる事が医療に携わる人にとって一流か三流の患者か?の分かれ目ではないか?

藤城孝久さま。

コメント、有難うございました。ドクターと向かい合う時間は、命の切所なので仕方ありませんが。患者はベッドの上で生まれて初めてくらい、頭をフル回転させますね。何層も深く何十万回も速く。

インフォームドコンセントの時代ですから、ドクターは皆、懇切丁寧な説明をしてくださいます。それを受け取れるか理解出来るかは、患者の頭の出来・不出来です。「何もわかりませんが、先生の仰る通り致します」も、患者の一つの賢い対応です。

寿命のゴングに凭れ込んでやる!と思っていますが、さてその寿命のゴングがいつ鳴るのやらが人生の分からない所です。「誰がために鐘は鳴る」のかを問われれば、即答で「己がため」ですね。

医療者と患者の関係に付いて考えております。がんセンターでの手術後3年目の検診に出頭した際に、ロビーで偶然に4ヶ月間入院していた当時の担当ナースのお嬢さんと出会い「藤城サンが生きている」と涙を流してくれたのには本当にショックでした、それ迄の私の人生などと云うものは世の中を斜に構えてロクな者では在りませんでした、周りのものからも「お前は変わった」と言われて戸惑っております。医療者は患者の人格も変えるものかもしれませんね。

藤城孝久さま、

泣けるコメントを、有難うございました。入院しますと、ドクターだけでなく、ナース、掃除のおばさん、配膳係の女性までに癒されますね。

特にナースはモテモテの職業で、直ぐ売れてしまうのが寂しいですが、最近は子育てを終えてパート勤務で復活している姿をよく見ます。パソコンとインハウス無線オンラインが発達し、患者のデータデースを手押し車で持ち歩けるようになったメリットです。

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