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今、こんな本を書いています-4

2016年02月10日
(今、こんな本を書いています-4)

※肝腎な5月13日:『愛知県がんセンター』(中央病院)外来のページが飛んでいました。日付が8日ばかり遡ります。

【自分で『凶』の腹は括れども・2015年05月13日(水)】

[なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく]


 朝9時20分、昨夜頼んでおいたタクシーが待ってくれている。気分転換に昨日東京から届いた『ブルーハワイ』色の片手松葉杖(アメリカ製)で出掛ける。台風一過、これ以上無いような快晴である。新大阪9時50分の〔のぞみ〕自由席で名古屋へ。いつもは名古屋駅から1時間以上かかるのだが、今日は展開がよく、病院には11時35分に着いてしまう。


 ところが好事魔多しで、待合が猛烈に立て込んでいて、消化器内科など、全ての外来が1時間遅れになっている。結局、1時間45分待たされて田近正洋ドクターの外来へ。田近ドクター、「がんは胃粘膜の1層目に居てくれましたが、病理検査の結果、1.未分化がんで、2.潰瘍性が診られました」とのこと。


 内視鏡の画像で「ちょっと赤いな?」とは思っていたが、病理検査はズバリ「潰瘍性」だとの診断。リンパへの転移の確率は10%だそうな。「90%もセーフの可能性を残しながら、『胃を取るかどうか』は消化器内科だけでは判断出来ません。今日は消化器外科の話も聞いて下さい」と田近ドクター。


 消化器外科は、私の主治医を2008年から2015年03月まで務めて下さった佐野力ドクターが本拠にされていた部署(今は、A医科大学教授 兼 付属病院消化器外科部長)であるが、本日私に会って下さる伊藤友一ドクターは初対面である。

 
 途中、1階の食堂で〔きつねうどん〕を消化に悪い「わかめ」を除けながら食い、消化器外科の伊藤ドクターの外来へ。伊藤ドクター、腕組みしたまま「これは判断が難しい」と思いっ切り渋面。「内視鏡で胃がんを剥離するというやり方は日本の発明で、それまでは切除する大きさは違っても、胃がん=「胃を取ること」でした」「織伊さんはこれまで、何度ももっと困難な場面を切り抜けておられるから、90%もの生存確率が有るのなら放置しておこうかとも思われる筈。胃を取って病理に回したら『何でも無かった』ということも有り得ます」


 「未分化がんが胃の上部に有ったみたいで、胃は全摘ですか?」と私。EIZOの画像を何度も診ながら伊藤ドクター、「1/4は残せるでしょう。ただ織伊さんのように何度も開腹手術をされている方は、内臓皮膜の癒着も有ります。胃が急に小さくなる予後も大変ですし。う~ん」

 
 結局「教科書通りなら黒。しかし我々の経験値からは、限りなく白に近い。織伊さんのご判断に委ねます」という結論。ただ手術(胃を3/4=75%取る)の予定だけは「7月13日からの週と翌週を取っておく」とのこと。「1ヶ月熟考して下さい。1年は駄目ですよ」(知ってるわ、さっき田近ドクターが、「手術するなら3ヶ月以内」と言っておられた)


 初対面だから「えぇと、最初は大腸がんでしたね」「そうです。亡くなられた平井孝先生に執刀して戴きました」「それで放射線診断部の山浦先生にバトンタッチ?」「いや、荒井保明先生です。今『国立がん研究センター中央病院長』の」「え?」「それで異動にあたって、当時一番お若かった山浦先生にバトンをお渡しになったのです」「はぁ?では肝動注で?」・・・これは事前に【生還へのフォアボール】を読んで貰わないとイケン。大阪へ帰ったら送っておこう。


 佐野ドクターがA医大に行かれてしまったので、私の「主治医」は放射線診断部の山浦秀和ドクターに戻っている。6月17日に、山浦ドクターによる〔肝臓のMRI〕撮影、そして翌週24日・12時からが外来予定だったのだが、その前に1.田近ドクターが朝一、胃カメラで4月21日剥離した跡の「人工胃潰瘍」の治り具合のチェック、2.消化器外科の伊藤ドクターに「私の判断」を伝えに行く・・・こととなった。

 
 帰路、思考をフル回転させながら、幼馴染で64歳で逝った伊勢谷クンを想った。「そうだ、イセは胃がんが肺に転移したんだ!」「がんは上へ上へと転移する。肺、食道、咽喉、脳へ行ったら、私が企んでいる90歳の天寿全うが不可能になるわ。この際、胃を取って、そのリスクを回避するか?」と腹が括れる。


 「災い転じて福となす」かぁ? でも待てよ、1.大阪風来坊の独り身で、2.1/4になってしまった胃を抱え、3.殺人的に暑い大阪の夏を越せるのか?「90%もセーフの可能性が有るのに、10%の転移確率を恐れて、胃を1/4にするのか?」「お前、ナーバス過ぎないか?」・・・


 「なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく」・・・
 

  私は正に、山頭火のこの「句」の中へ埋没してしまったかのように堂々巡りを繰り返し、「間も無く新大阪ァ~新大阪ァ~」のアナウンスも聞き漏らしそうになりながら、アタフタと新大阪のホームに降り立ったのである。


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