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野坂昭如氏逝く:85歳

2015年12月10日
(野坂昭如氏逝く:85歳)

http://news.livedoor.com/topics/detail/10935077/


・私はキャラ的に、野坂昭如氏も大島渚氏も好きだった。「昭和の漢(おとこ)」というオーラを発散していた。大島渚氏は2013年1月に80歳で逝ってしまったが、ずっと彼を支えた愛妻の小山明子さんは80歳になったがなったが健在だ。(美形だった小山明子さんの写真を、GOOGLE画像から拝借)


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・大島渚氏は1932年生だったから、野坂昭如氏=1930年生は「2年先輩」だった訳だ。野坂氏の外見とか言いざまは「ぶっきら棒」だったが、その作品=童謡『おもちゃのチャチャチャ』や、映画・アニメ=『火垂るの墓』などに、その「優しさ」が表れていた。


・可愛がっていた愛犬のシベリアンハスキーが居なくなって、酔って帰ってはその大きな「犬小屋」で寝ていたという氏のエッセー=『かくも長き不在』(だったか?)は、新聞だったか雑誌だったかで読んだが、胸を熱くした覚えがある。


・そして何と言っても傑作だったのは、「野坂・大島の殴り合い事件」だったろう。1990年、場所は東京プリンスホテル。会場は『大島渚氏・小山明子さん結婚30周年パーティ』の壇上だった。勿論テレビカメラも入っていた。「親友だから祝辞は前の方だろう」と、原稿を胸にテーブルで待っていた野坂氏だったが、大島氏がスッカリ忘れていて呼ばない。


・シャイな野坂氏はひたすら呑み続け、ハッと気付いた大島氏が壇上に呼んだ時はもう、ヘベレケだったようだ。呂律の回らない祝辞を、原稿を高々と掲げて読み上げたが、腹の虫が収まらない。野坂氏は笑顔の大島氏に、いきなり右フックを見舞ったのだ。転倒はしなかったがヨロけた大島氏、直立不動の野坂氏の頭を、スイッチの入ったままのマイクで2発、ガツン!ガツン!と反撃した。


・艶やかな小山明子さんが一生懸命とりなしていた健気さと、マイクで殴られるまま、反撃しなかった野坂氏の姿が印象に残っている。その野坂氏も逝ってしまったのだ。元気に旅立たれ、和解してまた仲良しになったという大島氏と握手でもしてくだされ。ライブドアトピックスから、日テレNEWS24 の記事を以下。(最高に可笑しい映像は、GOOGLE画像から拝借)


Photo_4


・「【直木賞作家の野坂昭如さんが死去 85歳】日テレNEWS24 2015年12月10日 9時58分」(写真:30年前、未だ55歳の頃の野坂昭如氏)


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・「火垂るの墓」などの作品で知られる直木賞作家の野坂昭如さんが9日に亡くなったことがわかった。85歳だった。野坂昭如さんは、9日午後9時過ぎ、東京・杉並区にある自宅で、意識がないのを妻が発見したという。野坂さんはその後、病院に搬送されたが、午後10時半頃、死亡が確認された。野坂さんは在宅介護を受けていたという」


・「野坂さんは1930年に神奈川県鎌倉市に生まれ、1967年に『火垂るの墓』・『アメリカひじき』で直木賞を受賞した。また、『おもちゃのチャチャチャ』の作詞でも知られている」・・・

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