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『気概』なき国は滅ぶ:これは同感である

2015年11月14日
(『気概』なき国は滅ぶ:これは同感である)

http://www.sankei.com/west/news/151113/wst1511130003-n1.html


・私の中1の折(昭和30年:60年前)の秋季運動会(体育祭だったか?)は、新校舎建設で校庭が使えず、近くの公園で開催された。吉田先生という新任(いつもラワン材で削ったお手製の木刀を持ち歩いていて、よくドヤされた。今思えば、『樫』とか『枇杷』のモノホン素材でなく、直ぐ折れる柔らかいラワン材だったことが愛嬌)が「組み立て体操」に熱心で、当時としては画期的な「7段ピラミッド」を組み上げる練習に、体育の授業は費やされた。


・当然大柄な私は「土台」の役で、学年で一番小柄な矢上クンが「ピラミッドの頂点で両手を広げる」花形役だった。猛練習を重ねて、「7段ピラミッド」は安定して組み上げられるようになった。ところが運動会当日、私ではないが、土台の端の誰かがクシャミをしたから堪らない。ピラミッドは崩壊し、矢上クンは脳天から真っ逆さまに転げ落ちて気絶した。


・その折の吉田先生の悠揚迫らぬ態度が忘れられない。無言で矢上クンを小脇に抱え、走るでもなく、ユッタリ歩いて公園の池に向かい、両脚を持って逆さづりにして矢上クンの頭をザブザブと池の水に漬けたのだ。敗戦から未だ10年の時代だ。「救急車を呼ぶ」も何も、その救急車も無かったに違いない。矢上クンは元気に蘇生し、後日病院へ検査に行ったとも聞かない、そんな時代だった。


・この産経・編集長の記事は、「急に国民の前に登場したような、ラグビーの肉弾戦」から始まっている。昔から有ったスポーツだが、1.余りにキツいアマチュアリズムの括りと、2.「出ると負け」の弱さに、国民の関心が薄かった競技なのだ。しっかしま、〔エディ・ジョーンズ〕ヘッドコーチによる「世界で一番過酷な練習」と、「外国人選手の補強」で、先般のW杯では奇跡的な3勝を挙げた。国民は正直なモノで、一気に「ラグビーブーム」が到来している。


・記事はそのラグビーの肉弾戦に例え、小学生の「怪我を恐れぬ組み立て体操の意義」が説かれている。しっかしま、パフォーマンスではなく授業の一環であるならば、大阪市が逸早く出した「組み立て体操は5段まで」の通達が正しいのではないか?


・1年坊主の1.土台が2人で、2.上に1人という2段組み立てだって、見た目には噴出すが、当人らは真顔だ。記事の意図に逆らうようだが、「組み立て体操・ピラミッドの高層化」が、そのまま「国民の気概に繋がるとも思えない。記事に〔司馬遼太郎〕氏が登場するので、私の闘病本:【生還へのフォアボール】から、30年来の心友を喪った私の切なさと、司馬氏の【坂の上の雲】の括りを破線以下に。


・産経WEST・[西論]から、記事を以下。

・「【『気概』なき国は滅ぶ 大人の『事なかれ主義』なら問題…組み体操見直し】産経WEST・[西論] 2015.11.13 15:00」(写真:GOOGLE画像から『組み立て体操7段』)


Photo


・「ガツン-。鈍い音が聞こえた気がした。前半終了間際、五郎丸歩選手が見せたタックル。トップスピードで駆けるスコットランドの選手を、トライ寸前でタッチラインの外にはじき飛ばした。ラグビーのワールドカップで印象に残ったシーンの一つだ」


・「激しい肉弾戦。倒れてもすぐ起き上がり、また突っ込んでいく。にわかファンからすれば、防具もつけずに怖くないのかと不思議で、その勇気はいったいどこからくるのかと思った」


・「大西鐵之祐が著した『闘争の倫理』(鉄筆文庫)を読んだ。大西は早稲田大学ラグビー部、ラグビー日本代表の監督を務めた。体格差で劣る日本が欧米に勝つための理論を構築し、実践した。1968年のニュージーランド遠征でオールブラックス・ジュニアを破った快挙で知られる伝説の名将だ」


・「本書で、ラグビーには命にかかわる危険と恐怖があることを前提に『だから全身全霊で打ち込む』と述べている。そのうえでスポーツとは、問題解決のため目標を設定し、理論を立て、組織で立ち向かう知性的な行動であるとする。一方で危険や恐怖、人間関係という非合理をコントロールすることを学ぶ。目標達成で得られる歓喜を『頂上経験』と呼び、それが人間の精神を成長させるのだという。スポーツの教育的価値を強調、それが人づくり、国づくりの基本にもなると訴えた名著だ」


・「▲『頂上経験』・・・大阪府八尾市の中学校で今年9月、組み体操のピラミッドが崩れて生徒が骨折する事故が起きた。その後、同市教委の調べで全市立小中学校では過去10年間に139人が組み体操の本番や練習で骨折していたこともわかった」


・「『骨を折ったぐらいで大げさな』と思う人がいるかもしれない。ただ最近の組み体操はひと昔前のものとは違う。八尾の場合も1~3年生の男子157人で10段組み、高さ7メートル近い『巨大ピラミッド』に挑戦していた。巨大化で危険が増しており、各地で見直しを求める声が出始めている」


・「実は、私の子供も小学校時代に組み体操を経験している。プログラムの最後を締めくくる6年生の演技。数人で組む技から徐々に難易度が上がり、最後に全員で巨大ピラミッドに挑む。段数が上がるごとに会場の緊張感が高まる。固唾をのんで見つめる保護者。勇ましい音楽が流れて場を盛り上げる。最後の1人が頂点に立った瞬間、歓声と拍手がわき、あふれる涙をぬぐう保護者も。児童らは仲間と1人ずつハイタッチしながら退場し、ドラマの幕は下りた」


・「日本スポーツ振興センターによると、平成25年度に全国の小中学校で、組み体操による骨折事故は2千件以上に上るという。『けがをさせてもいいのか』という意見には反論しにくい。だが、組み体操に限らずスポーツ全般にけがはつきもの。それを忌避しては体育の授業は成り立たないのではないか」


・「確かに昔に比べ、子供たちの体力は低下している。知識と経験のある教師が指導し、十分に練習を積んだ上で行うのは当然だ。安易に『高さ』を求めることには反対である。多少の演出は許されてもショーではない。あくまで授業の一環なのだから」


・「時代の空気としては『安全、安心』が第一。『想定外』の言い訳は通らない。『リスクを負いたくない』のが教師や校長ら現場の本音かもしれない。とはいえ、あれもこれも危ないといって排除していけば、子供たちの心と体がどんどん虚弱になりはしないか。ネット社会にどっぷりつかり、生々しい体験に乏しく、人付き合いの下手な子が増えている。その弊害が深刻な時代でもある」


・「痛いこと、しんどいことに耐える。自分がつぶれたら、みんなに迷惑をかける。がまんして達成したときの喜びを仲間と分かち合う。まさに『頂上経験』である」


・「▲『気概』養え・・・今回、大阪市はいち早く段数を5段までに制限する通知をだした。行政の一律規制には反対だ。上に決めてもらった方が現場は楽だろう。が、自ら考え、子供たちの体力、練度に応じて目標段数を決めればいい。リスクと向き合う方法を子供たちに教えることも重要だろう。『非合理のコントロール』である


・「さて、来年は司馬遼太郎の没後20年。改めて作品が読み直されることだろう。評論家、谷沢永一は司馬文学は日本人の『気概』に対する賛歌だと評価する。気概とは悲運や障害に屈しない強い意気。谷沢は『司馬遼太郎』(PHP研究所)収載の評論でこう述べた」


・「『ひとりの人間が気概を失ったとき、その人の生涯は眼をそむけたくなるほどだらしない惨めな姿となります』『民族が気概を失ったら、諸外国から侮りをうけ、ひいては独立を保つことができなくなります』」


・「外で歴史戦や経済戦、内では企業の『改竄(かいざん)』『偽装』ラッシュで道義が溶解している。つくづく人を鍛えることの大切さを思う。『安全第一』は聞こえがいいが、大人の『事なかれ主義』であれば、子供に誤ったメッセージを発信することになる。(編集長・安東義隆)」・・・


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(私の心友・JOEさん=2歳年長は、私が初めての「がん闘病」に入った2000年の5年前、1995年12月に55歳で逝っている。心臓発作だった)


【生還へのフォアボール】82~85Pから、以下。


・「いやぁ友さん、今夜も愉快だねぇ! なに、大丈夫だよ! 俺は絶対百まで生きるから、友さんも沼さんも安さんも、俺がみんな手厚く華やかに送ってあげるよ。さ、どうだ、もう一杯呑もう!」・・・


・狂おしいほど懐かしいJOEさんの声を探して、もう決して会うこともない盛り場を、私はコートの衿を立ててどれだけさまよったか分らない。盛り場の向こうの辻を、フッと横切って行ったJOEさんに似た影を、空しく何度追っかけたことだろうか・・・


・しかし私を、悲しみの千尋(ちひろ)の海の底に沈めながら、しかしまた再び、そこから浮かび上がらせ私を立ち直らせてくれたのは、遠い昔、JOEさんが暗唱し、目をキラキラさせながら何度も何度も私に語ってくれた司馬遼太郎氏・『坂の上の雲』の括りの言葉だった。


・「たれもが『国民』になった。不馴れながら『国民』になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、この段階の歴史は分らない。(中略)楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながら歩く。登ってゆく坂の上の青い天に、若し一朶(いちだ)(解説:ひとかたまり)の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を登ってゆくであろう」・・・(『坂の上の雲』より引用)


・私がいつも、心を青春時代に回帰させることができたJOEさん。私に限りなく優しかった彼のことを、今も想わない日は一日とてない。【閻魔の遣い】の、不意打ちの一発目のデッドボールは、とてつもなく痛かった。私の胸の奥に、富士山腹の風穴(ふうけつ)のように、夏でも冷たい風が噴出す穴がポッカリと開いたまま、星霜はもう十三回も巡ったのだ。(解説:2009年執筆当時)


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