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2009年以降、チベット焼身自殺124人

2015年11月21日
(2009年以降、チベット焼身自殺124人)

http://www.sankei.com/premium/news/151121/prm1511210030-n1.html


・初期の頃のアメリカ本土を狙うICBM(大陸間弾道ミサイル)は、高所(チベット)に設置しなければ計算上届かなかったらしい。人民解放軍の強引なチベット侵略は、そんな目的だったのだろう。今は「潜水艦で近付き、発射できる」ので、チベット侵略の意味が変わった。


・チャイナは『青蔵鉄道』を建設し、チベット高山に眠るウラニュームや希土類を掘り起こし、どんどん中央に運んでいる。勿論鉱毒は垂れ流しだ。もうひとつの理由は、「鼠のように繁殖力が強い」チャイニーズの男性をチベットに『青蔵鉄道』を使ってどんどん送り込み、チベット女性に混血児を産ませている。吐蕃族と呼ばれた勇猛なチベット山岳民族の血を薄め、DNA的に「チベット民族の消滅作戦」を展開しているのだ。


・日本のマスメディアは、「内政向け」で「サヨク志向」が強いため、チャイナによる激しい人権侵害など「他所事」で知らんプリしているが、建築家・中原一博氏という健気な日本人が出版し、チベットの悲劇を訴えている。産経ニュースから、記事を以下。

・「【チベットの焼身抗議の実態をブログで伝える建築家 中原一博氏が情報統制の恐怖を語った…】産経ニュース・[中国に屈せず] 2015.11.21 09:00」(写真:2013年11月、中国青海省ゴロク・チベット族自治州、ペマ県で焼身抗議し、死亡した僧侶、ツェリン・ギェルさん(当時20)。「私が今日焼身を行うのは内外のチベット人が再び一緒になれるためだ」という遺書を残した。(中原一博さん提供))


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・「チベットに勝利を-。中国の圧政に抗議し、2009年以降、チベット人148人が焼身し、124人が死亡したという。数字でしか伝えられない焼身者について、可能な限りの情報を集めて一人一人の顔写真を載せ、焼身に至る過程をブログで伝え続けている日本人がいる。建築家の中原一博さん(63)。その背景と、中国の情報統制について聞いた。(村島有紀)」(写真:中原氏と出版本)



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・「★自由を求める最後の手段・・・透き通る青空に吸い込まれるように、天高く5色のタルチョ(祈祷旗)が舞った。中国の山中で、中原さんは『チベットに勝利を!』『チベットに自由を!』と叫ぶ。焼身者が最期に発する言葉を代弁しているのだ」


・「今年7月公開のドキュメンタリー映画『ルンタ』(池谷薫監督)の1シーン。チベットの現状を伝える同映画で、中原さんは焼身者の人生をたどるナビゲーター役を務めた。焼身は『究極の非暴力による抵抗』で、厚い信仰に基づく行動と理解されている」


・「中原さんはブログをまとめた『チベットの焼身抗議』(集広舎・2200円+税)を刊行した。本書ではさらに深く、チベット各地で進められる鉱山開発やダム建設による自然破壊、チベット仏教で聖山と崇(あが)められる山を守ろうとする地域住民の抗議の焼身なども紹介し、中国による収奪の構造を明らかにしようとした」


・「『2008年の北京五輪は、中国がチベットの人権問題を解決する契機になると世界中が思った。チベット人も期待して、ものすごく盛り上がった。しかし、変らない。焼身は、彼らの最後の手段だったんだよ』」


・「悲しみと疲労が入り交じったような表情でそう語る中原さんは、広島県呉市出身。早稲田大理工学部建築学科の卒業を前に、インド北部のラダックを旅行中にチベット仏教建築に魅せられ、卒論のテーマにしたことで『チベット亡命政府』と知り合った」


・「1985年、専属建築家として家族とともに亡命政府の拠点、インドのダラムサラに移住。亡命政府庁舎や学校などを設計し、97年にはNGO『ルンタプロジェクト』を発足、インドに逃れた元政治犯の支援を開始した。この記事の冒頭に記した焼身者の数は、米政府系放送局ラジオ自由アジア(RFA)などが伝えたものだ」


・「★NGO『ルンタプロジェクト』・・・中原さんによると、ブログ執筆のきっかけは、2008年3月10日にチベットの古都・ラサで始まり、各地に広まった大規模な抗議行動だ。当時の日本の国内報道によると、中国の治安部隊がデモ隊を制圧し、チベット亡命政府は『130人以上の死亡を確認』などと海外メディアに発表した。しかし、中国国営放送は、暴徒が町に火をつけ、住民に暴力をふるう様子を放送。中国当局は『ラサの暴動での死者は、市民18人と警官1人』などとし、亡命政府の発表した死者については『裏付けがない』などと情報戦を繰り広げた」


・「中原さんは『中国当局による情報統制は北朝鮮以上。ブログを書くことで日本の人々にも、チベットの実態を少しでも伝わればと思った』と執筆の動機を語る」


・「『死者23人』が『死者なし』に・・・情報戦の実態はどういうものなのか。例えば、中原さんの住むダラムサラには、1959年のチベット蜂起の際に、四川省ンガバ(アバ)のキルティ僧院から脱出した高僧らが居を構えたキルティ僧院がある」


・「本書では、《2008年3月16日には、ンガバ・キルティ僧院の僧侶ら2000人近くがチベット国旗を掲げながら、抗議デモを開始。町の住民も加わり、数千から1万人近くに達したデモ隊に対し、武装警官と軍隊が発砲を開始した」


・「中原さんは、ダラムサラ・キルティ僧院の僧侶の携帯電話を通じて、ンガバでのデモの実況中継を聞き続けた。『今、また銃声が聞こえる。また一人撃たれて倒れた!』。キルティ僧院などによると、この衝突でチベット人は23人以上が銃によって死亡した。しかし、新華社は『4人の暴徒が警官に撃たれ負傷したが、他の暴徒とともに逃走した』と発表。衝突によるチベット人の死者は一人もいなかったことにされた》と記している」


・「中原さんはさらに、《大勢のチベット人が立ち尽くす目の前に、たくさんの死体が転がる写真も伝わった。このような中国当局による虐殺シーンのイメージは、多くのチベット人の脳裏に焼き付けられた。これが焼身の主要な背景になったことは間違いない》とつづる」


・「★一人一人の思いを伝える・・・チベットの焼身抗議は、ンガバ・キルティ僧院から始まった。2009年2月27日、ンガバ中心街で25歳の僧侶、タぺーがチベット国旗とダライ・ラマ法王の写真を掲げ、袈裟(けさ)に灯油をかけ火をつけた。病院に運ばれ、2012年5月には中国中央テレビにより病院で治療を受けているシーンが放送され、その時点での生存は確認されたものの現在の消息は不明だ」


・「本書によると、焼身後、死亡せずに病院に運ばれ中国当局の監視下に入ったチベット人のうち、その後、解放された人はいないという。そのため、焼身の動機は遺書や周囲の人の証言から、推し量るしかない。本書の情報源は主に、ダラムマサに伝わるチベット語の情報に加え、中国最大のSNS『微博(ウェイボ)』、RFAを含む欧米系メディアなど。中原さんは情報をチェックし、つなぎ合わせ書き続ける」


・「『中国当局は、焼身を中国に対する抗議だとは認めない。夫婦げんかの末の殺人事件とでっち上げて、夫が逮捕されたケースもある。焼身の背景を完全に明らかにすることはできないし、ひょっとしたら、(焼身者の)名前が違っているケースもあるだろう。だけど、チベット人による焼身抗議があって、ダライ・ラマ法王の帰還を求める行動であることは間違いない』と中原さん」


・「本書では一人一人の名前、年齢、写真を掲載した。焼身者は、僧侶だけでなく、農民や遊牧民、学生と多岐にわたる。ピークは、2012年の11月。1カ月間に28人が焼身を図った。2013年後半から減り始めたが今年は8月までに7人。それでも1人デモを敢行し、当局から逮捕される年若い僧侶もいる」


・「127番目の焼身者、ツェリン・ギェルさん(当時20歳、アキョン僧院僧侶)は2013年の11月11日、中国青海省ゴロク・チベット族自治州、ペマ県中心街の路上で自らに火を付け、政府庁舎に向かって10歩ほど歩き倒れた。ペマの病院に運び込まれたが、省都・西寧にある病院に移送される途中で死去した。焼身の途中、何を叫んだかは伝わっていない。しかし、彼の遺書とされる内容が伝わっている」


・「《私が今日焼身を行うのは内外のチベット人が再び一緒になれるためだ。チベット人同士団結し、チベット語と文字、監修、伝統をしっかり守ってくれることが私の望みだ。そうすれば内外のチベット人が再び再会できると信じる》 中原さんは『(圧政によりチベットの)事態はどんどん悪くなっている。日本での関心も2008年ほどじゃなくなった。でも、人の行動は、知ることで変ってくるはず』と話す」


・「宗教弾圧と文化、自然破壊、モンゴル語を制限した教育、定住の促進など、中国による同化政策の中で、チベット人がチベット人として生きるために、自らの身に火をつけて抗議する。一連の歴史と彼らの行動の意味を理解し始めたとき、中原さんが中国の山中で『チベットに勝利を!』…と発した言葉が、ずしりと重みを増す。映画ではその言葉が山々に木霊(こだま)する。それが言霊(ことだま)になって、焼身者の行為が報われる日が来ることを願わずにはいられない」・・・

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