« ガラケーとガラホは違う! | トップページ | アメリカの掌返し »

芦田愛菜版【伊豆の踊り子】を是非!

2015年10月20日
(芦田愛菜版【伊豆の踊り子】を是非!)

http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e7%be%8e%e5%b0%91%e5%a5%b3%e5%8c%96%e3%81%8c%e9%80%b2%e3%82%80%e8%8a%a6%e7%94%b0%e6%84%9b%e8%8f%9c%e3%81%af%e3%80%81%e3%81%99%e3%81%a7%e3%81%ab%e5%ae%89%e9%81%94%e7%a5%90%e5%ae%9f%e3%82%92%e8%b6%85%e3%81%88%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%ef%bc%9f-%e5%b0%86%e6%9d%a5%e3%81%af%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%82%92%e6%8d%a8%e3%81%a6%e3%80%81%e3%83%8f%e3%83%aa%e3%82%a6%e3%83%83%e3%83%89%e3%81%a7%e6%b4%bb%e8%ba%8d%e3%81%8b/ar-AAfDwmY


・芦田愛菜ちゃんは天才過ぎて、共演の主役らを食ってしまうので、兎角「こまっしゃくれ」だの「可愛げが無い!」だの、特に婆ちゃんらには悪評だが、私は一貫してフアンである。キンキンの美少女ではなく、何となく「10人並み」の風貌が見え隠れするのが可愛い。そして何より「頭が良い」のがいい。ハリウッドに行くには身長がどこまで伸びるのか?の問題もあろうが、間違いなく日本では「大女優になれる」だろう。


・表題について、破線以下に2013年11月に、私が友垣に送ったメール文を添付しますので是非読んで戴きたいのだが、これまで【伊豆の踊り子】は6回も映画化されている。最初の田中絹代(24歳)は例外として(評判はすこぶる良かったらしい)、原作の踊り子=薫=14歳に一番近かったのは、共に15歳だった1.鰐淵晴子と、2.山口百恵だったと記憶している。


・天才子役:芦田愛菜ちゃんは未だ11歳なのだ。そして「今からリザーブ」しておいても、是非「本当の14歳の踊り子」を観てみたいものだ。ナニ、あと3年の話だから私もその折は未だ76歳、ハンケチを涙で濡らしながら観られることだろう。私の冥土への土産は、「芦田愛菜ちゃんの【伊豆の踊り子】」であって欲しいものだ。


・MSNニュースから、サイゾーの記事を以下。美少女化が進む芦田愛菜は、すでに安達祐実を超えている? 将来は日本を捨て、ハリウッドで活躍か】株式会社サイゾー 2015/10/20」(写真:芦田愛菜ちゃん)


Photo_4


・「人気子役の芦田愛菜と鈴木福が13日、映画『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』公開アフレコイベントに出席。同席した人気お笑い芸人・ピスタチオの白目ネタを披露するなど、会場を大いに沸かせたのだが、それ以上に話題になったのが2人の成長ぶり。『2人とも、ブレークした頃に比べると、かなり身長が伸びたな』『この2人は間違いなく、成長してからも活躍を続けそうだ』など、ネット上では、数多い子役の中でも群を抜いた人気・実力を誇る芦田・鈴木に対して、将来を期待する声が上がっている」


・「『2010年に、ドラマ『Mother』(日本テレビ系)に出演し、ブレークしてから早5年。子役は大成しないといわれる芸能界ですが、芦田は順調にキャリアを積み上げています。同じく子役出身で、今でも女優として活躍する安達祐実と比較されることも多いようですが、安達がドラマ『家なき子』(同)でブレークしたのは12歳。現在11歳の芦田は、子役としてはすでに安達以上の活躍をしているといっても過言ではないでしょう。演技力は申し分ないですから、うまく大人の女性へと成長できれば、日本を代表するような大女優になる可能性は十分にあります』(芸能関係者)」


・「芦田の活躍は日本だけに留まらず、映画『パシフィック・リム』ではハリウッドデビューも果たし、プレミア試写会での流暢な英語での挨拶も話題になった。『『パシフィック・リム』が公開された際には、“天才子役”としてハリウッドでも話題になり、監督やスタッフからの評価も高かったようです。撮影後も英語の勉強は続けているようですし、このまま続けていけば成人するころにはネイティブ並みの英語力を身につけているかもしれません。そうなると、本格的にハリウッドで活躍する可能性も十分にあり得ます』(同)」


・「『パシフィック・リム』では、菊地凛子の幼少期を演じていた芦田だが、果たして将来は菊地のように、アカデミー賞にノミネートされるようなハリウッド女優になることができるのだろうか?」・・・


・さて一昨年だから私はもう71歳。しっかしま、読んで戴いても「爺むさい感じ」は欠片も無い!と自負出来る。JASRACさんに怒られるので「詞」は書いてないが、1957年(昭和32年)発売の歌謡曲:【踊り子】についての寸評である。因みに1.作詞:喜志邦三、2.作曲:渡久地政信、3.唄:三浦洸一 の名曲であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・青春の最中(さなか)に幾十回も読み返していたので、【伊豆の踊子】(川端康成)のフィナーレは今も胸に切ない。川端は物心も付かない3歳までに両親を、7歳で祖母、11歳で姉、15歳で祖父を喪い孤児になって中学の寄宿舎が家になる。


・伊豆の踊子は彼が一高生の頃(20歳)の、短い伊豆路旅の想い出を、27歳の折に書いたものである。本人も孤児根性と書いている孤児ゆえの頑なな心が、当時は河原乞食と蔑まれた14歳の可憐な踊子によって癒されて行く描写が見事だ。(以下、原作より少々)


・「ずっと遠ざかってから、踊子が白いものを振り始めた。(中略)私の横に少年が寝ていた。河津の工場主の息子で入学準備に東京へ行くのだったから、一高の制帽をかぶっている私に好意を感じたらしかった。少し話してから彼は言った。『何か御不幸でもおありになったのですか。』『いいえ、今人に別れて来たんです。』私は非常に素直に言った。泣いているのを見られても平気だった。(中略)真暗ななかで少年の体温に温まりながら、私は涙を出委せにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、そのあとには何も残らないような甘い快さだった。」 ・・・


・後年、流行歌:【踊り子】を作詞した〔喜志邦三〕氏は、白いものを振った踊子が立つ『艀(はしけ)』では詞にならないので、当初「渡しの踊子よ ああ船が出る」と書き、幾度も逡巡した末に「私の踊子よ」に変えたのだと、少年の頃から私は推察している。それと、まるで踊子の打つ小太鼓か、可愛い足音のような曲の前フリを作った作曲の〔渡久地政信〕氏に、「さすが大作曲家!」という賛辞は今も変わらない。


・年代によって、書物からの感銘の受け方は違う。特に青春時代の感性は、「水枯れの大地」のように貪欲だ。この本と〔武者小路実篤〕氏の【友情】を青春の私に呉れた〔星野清久〕君は4年前に逝ったという。私の〔がん1次バトル〕の見舞いに、〔村上 護〕氏の【山頭火句集】を呉れた〔南 義治〕君は、私の退院を待っていたかのようにその8日後逝った。そして高校・浪人・大学の全8年間、私の人格形成に優しく厳しく添ってくれた〔上野山 覚〕君も昨年逝ったという。みんな「高校剣道部」の剣友だった。


・この甘酸っぱい【伊豆の踊子】を題材にした映画は、昭和8年(田中絹代)、昭和29年(美空ひばり)、昭和35年(鰐淵晴子)、昭和38年(吉永小百合)、昭和42年(内藤洋子)、昭和49年(山口百恵)と、主演女優の旬(しゅん)を留めるように、6回も映画化されている。(みんな14歳には見えない。名子役・芦田愛菜ちゃんの成長を待つか?) この清らかな歌を唄い上げた〔三浦洸一〕氏は私より14歳年長だがお元気なようである・・・

« ガラケーとガラホは違う! | トップページ | アメリカの掌返し »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 芦田愛菜版【伊豆の踊り子】を是非!:

« ガラケーとガラホは違う! | トップページ | アメリカの掌返し »

最近のトラックバック

2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ
フォト