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昨日は恩人の命日:悪童のマンマの人だった

2015年07月31日
(昨日は恩人の命日:悪童のマンマの人だった)


・昨7/30日は、1998年に60歳で逝かれた私の恩人の17回目の祥月命日であった。シンガポールのパン・パシフィックホテル最上階の梅天楼(高級中華屋)で、紋太センパイと恩人と私がテーブルを囲み、私が写した写真が私の部屋のパソコン脇に有る。(勿論ラミネートチューブで変色しないようにはしているが、心なしか年々、遺影が薄くなっているようで心細い)


・昭和ドン尻の昭和64年01月06日だから、私は未だ46歳、私より5歳年長の両雄も未だ51歳だった。噴出しそうに真面目な顔をしてこっちを見ておられる。祥月命日である昨日、恩人の思い出を綴るのが礼儀であったが、稀代の英雄伝説ってか、破茶滅茶なエピソードが多過ぎた方なので、別のエピソードを綴っている間に挫折してしまった。欲張り過ぎたのだ。


・考えてみれば恩人が私にくださった想い出は、私が元気な間は決して逃げては行かない。思い直して翌日の今日、1エピソードだけに絞って書いてみようと思い直してパソコンに向かっている。


・あれは平日のゴルフだった。場所は多分、紋太センパイが幾つか持っていたクラブの1つだったろう。平日ってこともあり、妙に空いていた。ゴルフでは「片手(ハンディ5)」の紋太センパイが一番上手い。恩人は「シングル目前」くらいの腕前だったか。長打がウリの私はOBが多く、とても両雄には適わないのだが、口だけは一番達者だった。ゴルフになると妙に生真面目になる紋太センパイを、私と恩人がからかいまくるラウンドだった。


・大騒ぎしながら風呂へ行くと、たまたま客は我らしか居ない。1つおきに悠々と3人並んで、鏡の前で体を洗っている時に騒動が起きた。いつの間にか紋太センパイが居ないのである。


・突然恩人がクルリと振り向き、シャンプーを水鉄砲のように湯船の方に飛ばした。その先には湯船を潜水進行し、背後から恩人にシャンプー攻撃を仕掛けようと仁王立ちになろうとした紋太センパイが、顔中ってか両目をシャンプーで目潰し食らい、片手に自分のシャンプーを握ったまま「ワッ!」と叫んで仰向けに湯船にひっくり返る姿が有った。ザッバーン!!と湯のしぶき。


・恩人が得意満面で私に言った。「あの人はアホや。河童みたいな頭が湯船からこっちむいて泳いで来るのは前の鏡で見えていたもん、アホやで!」・・・そのあともシャンプーの掛け合いになり、フリチン・出腹の大の男が2人、キャーキャー言って広い風呂場を走り回っていたものだ。


・邪心が無いと言えば聞こえは良いが、両雄とも「悪童のマンマ」のような方々だった。恩人は胃がんからは見事生還されたが、膵臓がんで60歳で。紋太センパイはその後5年頑張られたが、肺腺がんで65歳で身罷られた。私は55歳・60歳の2回、恩人・畏友を送る羽目となり、涙を枯らした。


・思い出すたびに噴出すエピソード。特に寝起きなんかに思い出せば、一日中楽しい。「私を待ってくれてるだろうなぁ」と思う反面、「いや、『もう少し、娑婆で俺らのことを発信させようや』」と話し合っているのかも知れないと勘繰っている私である。

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