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暴かれる日教組の内幕

2015年06月13日
(暴かれる日教組の内幕)

http://www.sankei.com/west/news/150613/wst1506130003-n1.html


・生涯を教育畑に捧げ、豊岡高校長などを務め上げ平成10年に退職。今年の5月8日に亡くなられた〔足立勝美(あだち・かつみ)〕さんの「遺書」とも言うべき[日本人の座標軸]も、今回で「完」である。


・私は軽蔑して、いつも「ニッキョーソ」と書いているが、その日教組の「恐るべき悪平等精神」が、今回赤裸々に書かれている。「もう組織率は30%を切った」のではない。「教員の、10人に3人が基地外」と恐れるべきである。日本共産党やら民主党支持者が居る限り、「ニッキョーソの根絶」は無理だろうが、せめて「教員の10人に1人=10%以下」を私は願うし、日本国民も目覚めるべきである。


・産経WEST・[日本人の座標軸(48完)]から、記事を以下。

・「【『ABC以下の評定をしてはならない』骨抜きにされた勤務評定…日教組の反対闘争で教育現場混乱】産経WEST・[日本人の座標軸(48完)] 2015.6.13 11:00」(写真:一止羊大著『学校の先生が国を滅ぼす』(左)と阿比留瑠比著『民主党と日教組』)


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・「私は38年間、兵庫県立高校や兵庫県教育委員会事務局などに勤務した。振り返ると、明るい出来事ばかりではなかった。教諭の頃、ストライキなどの闘争が絶えず、悩み苦しみ、教員を辞めようと思ったこともあった。どうしても許せないことが幾つもある」


・「昭和31年、勤務評定が実施されたが、日教組を中心に約40年間、反対闘争が続いたのであった。もう一昔前のことだが、事実であるから書いても許していただけるであろう。私は教職に就いてから15年経って、県教委の指導主事の採用試験を受けた。学級担任ができれば何も不満はなかったのだが、組合と管理職が対立し、争いが絶えない現場がいやになっていた頃、校長の勧めで指導主事の採用試験を受けた」


・「いきなり本庁の指導主事になって5年後、但馬教育事務所に転任になり、管理主事に任命された。当時、給与改定をめぐって、毎年のようにストライキが行われた。但馬の公立小・中学校では、勤務評定が完全に形骸化していた。この件で、どれほど無意味なことが行われていたかを紹介しよう」


・「組合は『勤務評定で差をつけてはならない』として校長に圧力をかけていたのである。教諭の勤務評定書は、【1】勤務の状況について8項目【2】特性・能力についての12項目からなり、(1)学級経営(2)学習指導(3)生活指導(4)評価(5)研究修養(6)校務処理の6項目について、A=優秀▽B=やや優秀▽C=普通▽D=やや劣る▽E=劣る-の5段階で評価することになっていた」


・「ところが『A・B・C以下の評定はしてはならない。Cは2つ以上つけてはならない。平等評定にすること』と組合が機関決定していた。しかも校長が市町教育長に提出する前に、本人に評定書を見せて、約束通りになっているか確認してもらわないと提出できなかったのである」


・「完全に骨抜きにされていたと言ってよい。児童生徒を評価する教師が、自らが評価されるのを拒むということに矛盾を感じないのは一体どういう神経か。レフェリーがいないスポーツのようなものだ」


・「関連してもう一つ書き残しておかなくてはならないことがある。管理職(校長・教頭)登用試験を受けるには、兵教組の事前了解が要ったのである。教員は『私が管理職になったら民主的な学校経営をします』という趣旨の誓約書を分会長(各学校の組合役員のトップ)に提出しないと受験できなかったのである」


・「いや、これは兵庫県だけでなく、北海道、広島県、福岡県など“組合御三家”といわれた道県では似たり寄ったりのことが行われていた。現に福岡県などでは、組合の了解を得ていない人が校長になると、赴任拒否闘争が展開されたことがあったのを忘れない。逆に組合活動に熱心であった人が管理職に採用され、心配したことがあった」


・「誠に残念なことだが、こうしたことは但馬でもあったのである。ある校長先生が歯ぎしりしながら、涙ながらに私に話されたことがあった。全国的にこうしたムードの時期があったのは事実である。類似したことは枚挙にいとまがないほどある。後は産経新聞出版発行、一止羊大著『学校の先生が国を滅ぼす』、阿比留瑠比著『民主党と日教組』に譲るので、ぜひ読んでいただきたい」・・・


◇ご愛読ありがとうございました。足立勝美氏は5月8日に死去しました。ご冥福をお祈りします。


■足立勝美(あだち・かつみ) 兵庫県立高校教諭、県立「但馬文教府」の長、豊岡高校長などを務め、平成10年に退職。24年、瑞宝小綬章受章。『教育の座標軸』など著書多数。個人通信「座標」をホームページで発信。養父市八鹿町在住。鳥取大農学部卒。

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コメント

先生の座標軸を読ませていただき、現在の教育は昔の私たちの時代とは環境がかわっているとは言うものの 人間の品格・人徳・一番よりも粘り強く努力する姿・の尊さを強烈に教えられました。
お亡くなりになられた旨を妹さんより知らされ、日本の今後に大きな損失とお悔やみにあわせ誠に遅くなり
申し分けなく御詫び方々今までの御礼とさせていただきます。(機会があれば一度お目どおりをと思うって
いました、誠に残念至極)

宮本隆造さま、

コメント、有難うございました。足立先生は何度も辞職を思い立ちながら、家族のため踏み止まった教職員だと容易に想像出来ます。中に居なければ分からないことも多いので、高校の校長先生を退職されたのを機に、ブロガーとして思いの丈を吐き出されたのだと思います。

地味な記事でしたが好きでした。もう少し長生きして欲しかったですね。ご冥福をお祈りしましょう。

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