« クマラスワミのアホ、村山のアホ | トップページ | 恋も知らず、狭い了見で殺害か? »

3がん〔5〕次バトル決定!

2015年03月03日
(3がん〔5〕次バトル決定!)


・私が「休肝日」などとストレスの溜まることを避け、「呑める内は毎晩酒を呑んでいる」のは、「いつか或る日、がんですねぇ」と告知され、強制的に2ヶ月も3ヶ月も、下手したら半年以上も「グラスと遠ざけられる」現役のがん患者であるためである。


・大阪からということで、【愛知県がんセンター】内視鏡部の〔田近正洋〕ドクターには無理を言い、2月19日(木)は、1.午前中=胃の内視鏡(朝6時起きで行った)、2.午後から下剤を飲み続けて、夕方大腸ファイバースコープの検査を受けた。下剤(味の素のニフレックに代わる新薬:1.5L)を飲むのに悪戦苦闘の名古屋のババちゃんが、「もう少しマシな検査は出来ないのかねぇ?」というボヤキが可笑しかった。


・「ナウマクサンマンダ バァザラダセンダマカロシャァダ ソワタヤウンタラタカンマンダ」というH不動尊の真言を唱えていれば、これまで全て「パス!」だったのだが、もう10年以上も参拝をご無沙汰している祟りだったのか、2月27日(金)の外来告知は悲惨だった。「残念ながら、生検の結果〔胃がん〕です。前回(2008年)は〔凝固性胃がん〕でしたが、今回は〔放散性胃がん〕です」


・「スキルスですか?」の私の問い掛けに、「いや、スキルスではありませんが、小さくても前回(2cm×4cm)より厄介です」・・・取り合えず「田近先生、年金が入るまで動けませんので」と言うと、「では4月220日(月)入院、21日か22日に取りあえず内視鏡手術、経過観察で28日(火)退院という予約を」ということ。「じゃぁ4月19日までは大酒を呑みますよ!」と言ったら、田近先生、苦笑いをしていた。


・おいおい冗談ではなく、状況によっては「胃を取られる」のかよ? 私の〔4〕バトル目は、拙著【生還へのフォアボール】に詳しい。その278Pから280P半ばまでを破線以下。(写真:GOOGLE画像から、愛知県がんセンター)


Photo_2


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


13・3『内視鏡的胃粘膜下層剥離手術』の日・二〇〇八年五月十四日(水)・手術当日・入院3日目


・二〇〇三年八月に奥さんを白血病で亡くされ、滂沱(ぼうだ)の涙に暮れていたO社時代の菅野先輩の夢で、大笑いして目が覚める。笑い声に同室の人達も驚いている。実は菅野さんには貧乏ゆすりのクセがあり、菅野さんの激しい貧乏ゆすりが伝播(でんぱ)して、【中国四川省大地震】を誘発したという荒唐無稽(こうとうむけい)な夢だった。こんな切所(せっしょ)で笑わせてくれた菅野さんに感謝しつつ、私も心の余裕を確認している。


・午前九時、出張に出かけるスーさんが、律儀に今日の内視鏡手術の激励に寄ってくれる。昨夜携帯で、胃がんは一層目粘膜に留まっていたことは話してあるので、スーさん「ニコニコルンルン」で出張に出かけて行く。「スーさん、今日は頑張りますね!」・・・


・今日は飲み食い一切絶食なので、十時から点滴が始まる。夕方から、胃の粘膜を保護する薬が出され内服するが、肝腎の内視鏡手術のお呼びが待てど暮らせどかからない。腹もペコペコだ。よっし、この待機時間を使って、私がこれから受ける内視鏡手術について、提出した同意書を参考に少し解説してみよう。


・『内視鏡的胃粘膜下層剥離手術』・・・「的」が何だかチャイニーズ風だが、胃壁の一層目粘膜に留まっている早期胃がんに用いられる手術法なのだそうだ。①先ず、内視鏡の先のマーカーで、病変(胃がん)の周りに安全域を確保するためのマーキングをする。②胃に穴を開けないように(胃穿孔予防)病変を浮かせるため、マーキングに沿って生理食塩水などを病変の下に局注していく。(がんの大きさにより、局注は病変の周り十数本にも及ぶ)③ITナイフ(電気メス)で、浮き上がらせた病変の下部を剥離(はくり)する。④剥離した病変を病理診断して、治療終了かどうかの判定をする・・・ということだそうだ。


・私の胃がんは、再発した【肝臓転移結腸がん】の切除手術に際し、他への転移の有無を調べるため、二〇〇八年一月末~二月初旬に入院検査した折、偶然発見されたものである。その時は、「え? この上、胃がんもかよ?」と、正直ウンザリしたものだが、今となれば、「よくぞ見つけてくださった!」と、【愛知県がんセンター】の検査の確かさに、感謝するものである。


・腹ペコでほぼ丸一日待って、ようやく夕方四時三十分に呼び出しがかかり田近ドクターチームの検査室へ出向いたが、今度はそこの待合でまた小一時間待たされる。私が飛入りのカタチで水曜になったので、おそらくチームは一日のお疲れノルマの挙句の残業で、私の手術をするのだろう。


・ようやく呼ばれて部屋に入ったが、明らかに田近ドクターチームはもうグッタリ疲れている様子。「これは下手(へた)撃ったかな?」 と、十二日の入院時、田近ドクターの意向に逆らった後悔が頭をよぎる。しかし、いくら疲れていても、手元が狂って胃穿孔のような致命的な失敗はしないだろうと、早々に腹を括って「よろしくお願いします」と手術台に横寝する。顔見知りのナースが、私の背中を優しく撫でてくれて緊張がほぐれる。こういうナースの優しさが、どれほど手術に臨む患者にとっては有難いことか!


・私は胃カメラがからきし駄目なので、苦しくないように予め田近ドクターに静脈麻酔を強めに頼んでおいた。そのせいか手術が始まった途端、肝臓の時と同様コトンと眠ってしまったので経過は分からないが、がんが大きかったのか? 剥離するのに手間取ったのか? 眠った状態でしかし妙にグッタリ疲れて、ストレッチャーで部屋に運ばれた時には、もう夜の八時を回っていた。


・開腹手術と違い、二十四時間臨戦態勢の「ICU集中治療」などは無い。肝臓部分切除の三次バトルの時のような「HCU・後(のち)個室で養生」なども無い。いきなりストレッチャーに乗せられて大部屋のベッドに戻される。冨野タヌ君が待ちくたびれて、ベッドサイドにツクネンと座っていた。睡(?)眼でもタヌ君を確認し、「おう、ありがと、すまん、すまん!」と握手するも、麻酔が未だ効いているのと疲労困憊(ひろうこんぱい)とで、とにかく朦朧(もうろう)として眠くて、熟睡したいばかりだ。


・タヌ君「ともかく成功してよかった、よかった」と、独り言(ご)ちながら帰って行った。体重九十二・0キロ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・苦しい年金生活ながら「入院保険」は掛けているが、「後出しジャンケン」であることには変わりはない。年金待ちが仇となり、前回のように「早期(1層目)胃がん」とならず、2層3層に浸潤していて「胃を取られる」ことになっても、それは運命である。「3がん4バトル」の闘病記・がん患者の心の置き所を【生還へのフォアボール・338P】で切々と綴った積もりだったが、2作目の【がん闘病と山頭火入門書・仮題】では、生々しい「3がん〔5〕バトル」が書き始めを飾ることになってしまった。


・もうトモダチらには迷惑はかけられない。ナニ、人間「独りで生まれて来て」「独りで死んで行く」んだ。今現在、極々親しい友垣らには正直な現状を話し、慣れ親しんだ?【愛知県がんセンター】で生き延びて見せよう。「寿命は90歳」と決めている手前、これから17年、色んな「寒の雨」も降りますやろ?


・何でも「プラス発想」と言えば聞こえはいいが、「私の肝臓」を8年注視して下さった〔佐野力〕ドクターが、A医科大学にヘッドハンティングされたのが、「私にとって不運」ではなく、「ラッキー」だったのだろ?プラス発想とは「自己中発想」だと悟る、72歳の「3がん4バトル」古参兵の私であります。


・でもまぁ、「酒呑童子の生まれ変わり?」と言われた私も、4月20日から、恐らく6月一杯くらいは「下戸童子」にならざるを得ません。肝臓も自動的に元気になり、勝手に決めている「90歳までの寿命」のエンジンになってくれますやろ?


・今は1.入院中に書くノートブックとペンの選択、2.5Lのパンツ・ステテコ・シャツ5セット(洗濯1回有り)の選択、3.5Lのパジャマ2着の選択、4.薄くなった頭髪のカバーを、帽子で行くかヘアバンドで行くか?4.病院内を歩き回るクロックスの選択etc.etc.「目前に突きつけられた〔5〕バトルを、いかに楽しく?遣り過ごすかに頭が一杯の能天気爺であります!


・4月19日から28日まで、ブログはお休みさせて戴きますので、【織伊友作のがん患者への応援歌】だけでなく、【織伊友作の時事巷談】にも同時掲載。

« クマラスワミのアホ、村山のアホ | トップページ | 恋も知らず、狭い了見で殺害か? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3がん〔5〕次バトル決定!:

« クマラスワミのアホ、村山のアホ | トップページ | 恋も知らず、狭い了見で殺害か? »

最近のトラックバック

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ
フォト