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PL野球部は、一旦廃部でも止むを得ないか?

2014年10月21日
(PL野球部は、一旦廃部でも止むを得ないか?)

http://www.sankei.com/west/news/141021/wst1410210007-n1.html


・大阪は、日本一少年野球が熱心なところである。私の塒(ねぐら)横の淀川堤にはいくつもの草野球場が有るが、晴天の土・日は、7つ8つの少年から高学年まで、汗に塗れて走り回っている。MLBの田中マークンだって兵庫県伊丹市の出身だから、7歳の小1の少年野球デビューである。


・その基盤が有るから、関西出身の野球人には逸材が多い。私の若い頃は、紫帽子の天理やご存知PLの天下だったが、少年らにとってはレギュラーになるのも大変で、いつしか大阪桐蔭などに分散して行った。そして大阪桐蔭などでも同じことが起きていくのだろう。


・PLの現教祖がプッツンしているのは、何と言っても清原和博元選手の、「肩から背中にかけた、龍の刺青」ではないのか?だから「信仰心の篤い監督」などと無理難題を出して譲らない。一度廃部したって、5年10年の「ホトボリ期間」を置けば、自分の理想とする監督が生まれる筈だ!との確信が見て取れる。


・花火や高校野球で食っているのではない、「PL・パーフェクトリバティ」という宗教団体なのだ。目先の話題や人気にとらわれない、3代目(だったか?)の信念なのだ。良いではないか。産経WEST・[関西の議論]から、記事を以下。

・「【信仰で迷走? 教団の呪縛が招いたPL野球部『廃部危機』】産経WEST・[関西の議論] 2014.10.21 11:01」(写真は、甲子園を前にあと一歩の壁。監督がいれば…)

Photo


・「高校野球のPL学園(大阪)が2015年春の新入部員募集を断念した、というニュースはあっという間にネットや新聞、テレビで全国に広がった。度重なる不祥事と長期化する監督不在で、栄華を極めた天下のPLブランドはすっかり地に落ちた。このままでは1956年に創部した名門野球部は、区切りの60周年となる2016年夏には現部員もすべて引退し、自然消滅する。なぜ、こんなことになってしまったのか」


・「★歯切れ悪く・・・異様なムードだった。10月18日。秋季近畿大会(わかさスタジアム京都)の開幕戦に渦中のPL学園が登場した。廃部危機の『PL』をひと目見ようと、観客の視線が集中した。結果は2-3で夏の甲子園出場校の近江(滋賀)に敗れた。試合終了の瞬間は勝った近江の歓声よりも敗れたPLへのため息の方が大きかった。監督登録でベンチに入った正井一真校長(67)は『廃部ではなく、しかるべき形で再起を期したい』と話すものの、焦点となる後任監督選びについては『私からはコメントできない♀と歯切れが悪かった」


・「★東大より難関・・・1980年代。桑田真澄投手(現在46歳)清原和博内野手(現在47歳)のKKコンビを頂点に、PLには全国から入部希望の野球エリートが集まった。しかし寮の収容人数に限りがあるので、晴れて入部できるのはひと握り。『PL野球部に入るのは東大に入るより難しい』といわれたほどだった。2000年以降は競争を避ける有力選手が他校に分散するようになり、PLの選手独占は終わりを告げた」


・「加えて2006年、2010年と野球部内の暴力事件が表面化。PLの強さの源といわれた野球部寮は、実は上級生が下級生を奴隷同然に扱う『付き人』制度が公然とまかりとおり、理不尽な暴力行為の温床となっていた。甲子園に出場するチャンスが減り、しかも相次ぐ不祥事。名声は地に落ち、王者PLの衰退は加速していった」


・「★監督の信仰力・・・監督不在の長期化が追い打ちをかける。こういった危機的な状況だからこそ、しっかりした監督を中心にチームの立て直しを図るのが本来の姿なのに、2013年春に部内暴力発覚で前監督が引責辞任し、肝心の後任監督は1年半も空席のまま。多くの有名プロ選手を輩出したPLなら後任候補が数多くいるはず。なのになぜ、後任選びがこれほど難航するのか」


・「正井校長や関係者のこれまでの話をまとめると、後任監督は卒業後も教会に通うなど、PL教団の熱心な信者であることが、教団トップの強い意向という。PL入学の際に生徒は家族とともに教団の会員となるが、卒業後も信仰を続けるかは自由。後任監督にはOBの元プロ選手はじめ複数の候補が挙がったが、いずれも卒業後は『熱心な信者』ではなかったという。普段の練習は1987年甲子園春夏連覇の中心選手、深瀬猛コーチ(45)と千葉智哉コーチ(25)を中心に行っている。2人にも仕事や事情があり、監督就任は無理らしい」


・「★教団の威信・・・この際、信仰にこだわらず、広く後任候補を募ればいいではないか、と周囲は無責任にはやし立てるが、それでは、根本的な解決にはならない。日本中が注目する甲子園で活躍する野球部は『PL花火芸術』と並んで教団の2大シンボルだった。特別な存在である野球部を立て直しせるかどうかは、実は教団の威信がかかった大問題。外部の力に頼って一時的にチームを立て直したとしても、その場しのぎの印象は否めない。正井校長のいう『しかるべき形での再起』とは、すなわちPL教団の信仰の力で野球部を生まれ変わらせるということだろう」


・「★栄光一転、お荷物・・・不祥事続きの野球部をお荷物扱いする声も根強い。教会内部には『惰性で存続するくらいなら、ひと思いに区切りをつけた方がいい』という声もあるという。新入部員受け入れ停止の決断は、野球部再建の焦点となる後任監督がなかなか決まらないことにしびれを切らせた教団トップが野球部に突きつけた最後通告の意味合いもあった。年間数百万円といわれる野球部の活動費も、ここ数年は甲子園から遠ざかったため費用対効果が見込めず、見直しの対象になっていたという」


・「★夢かなわず・・・内外から強まる逆風を封じる道はただひとつ。『甲子園出場』だった。監督不在でも甲子園に出場できれば、周囲はすべて追い風に変わり、廃部の危機にも追い込まれることはなかった。しかし春の選抜の重要な資料となる秋季近畿大会は2013、2014年と初戦で敗退した。夏も2014年は大阪大会決勝で敗退。あと一歩の壁が破れないのは、やはり監督不在のせいか。斜陽の名門PL。校歌に歌われた『永遠(とわ)の学園』の未来が見えない」・・・

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