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言葉の大切さ

2014年04月12日
(言葉の大切さ)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140412/plc14041208490013-n1.htm

・先日、半年以上ぶりに、8年間共に夢を追った友に会った。そこで昨年9月に逝った共通の友・Yさんの話になった。「人間死んだら終わりだな。あれだけの男のことでも、YのYの字も誰からも出て来ない」・・・私は友に言った。「人は死んで彼岸に渡るが、此岸(しがん)でも色濃く生きようとする。此岸とは、人々の想い出の胸の空間である」「大切なのは、想い出に残る行いもそうだが、人々が折に触れ思い出してくれるのは『言葉』だ。逝った人が残してくれた言葉は、文字通り『言霊』になる」

・なぜ侍が、幼ないころから「死ぬこと」「死に様」を教えられ、素養を積んだかは、「辞世」という文化が日本に有ったからだ。恥ずかしい辞世は残せない、故に必死に素養を磨いたのである。我らの世代には、その文化が無い。しかし、「忘れえぬ言葉」「心に染み入る言葉」は、日頃の修養で人々に残せる。「Yさんには、その『言葉』が無かったなぁ」・・・のようなことを話した。友は分かったのか分からなかったのか、以後連絡は無い。

・昔、転進した優良企業の上司は良い人だったが、どんな場合でも「ダーメなんですよねぇ」が枕詞だった。この記事は、分かりやすく言えば、「そういうことを改めよう」と言っているのだ。ハナから「自縄自縛」のようなことを言い、公明党から選挙協力を取り付けようとしている自民党の「尻の括りの悪さ」「ズルさ」がミエミエである。「歯止め」「限定容認」「必要最小限」などと内向きなことを言っている日本のために、アメリカの若者は血を流してくれる筈も無い。

・何も、毎度お馴染みの、「ヒステリック」で「激越」な、〔北のブースカ閣下〕の国の放送を真似ろと行っているのではない、「本気」「ヤル気」の言葉を政治家は発するべきだ。このエントリは、【織伊友作の時事講談】ブログだけでなく、【織伊友作のがん患者への応援歌】ブログにも同時掲載するから、「言葉の大切さ」をもう少し詳細に話そう。

・私の友人・知人らの支援で、2009年12月16日に発行された私の初版本=【生還へのフォアボール】338Pの大団円の呼び掛けの言葉3つである。医者でもない私は、ひたすらがん患者の、1.心の置き所、2.ファイティングポーズのとり方を綴って、個人の闘病記(3がん4バトルだが)としては338Pにもなってしまった。そのラストの、「呼び掛け」の言葉を以下。

・私が「俄(にわか)物書き」に没頭している間に、淀川堤にも冬が行き春が来て、夏の盛りに入ってしまった。川面いっぱいの夕映えに身を染めながら散歩していると、堤に咲く花々も様変わりして、いつの間にか月見草が、可憐な風情を見せてくれている。

・この雄大な淀川堤の夕映えに立って、全国のがん患者とそのご家族、そしてがん予備軍の方々に、『がんの種類』と『部位』を超えて、私は心からのエールを送りたい。

■「おぉい! がんに罹った運命を嘆いてちゃ駄目ですよ! がんには自分を見つめ直し、心を浄化してくれるメリットも有りますよ!」

■「おぉい! 貴方が一番輝いていたあの頃を、いつもイメージするんですよ! 特に青春時代へのイメージ回帰は、貴方の心をしなやかにしてくれますよ!」

■「おぉい! がん如きで死んでちゃ駄目ですよ! 諦めずに粘っていれば、きっと医学と新薬の発達が、貴方のがんに追いついてくれますよ!」・・・

・例によって前フリが長くなってしまったが、「言葉の大切さ」について、MSN産経ニュース・[一筆多論]から、記事を以下。

・「【言葉遣いは国防のバロメーター】MSN産経ニュース・[一筆多論]・榊原智 2014.4.12 08:49」

・「違和感が拭えない。『歯止め』『限定容認』『必要最小限』…。集団的自衛権の行使容認をめぐり、抑制的、消極的な言葉が並べ立てられている。政府与党の要人や有識者らの発言だ。国の防衛、安全保障を論じるときに、後ろ向きの言葉がこれほど飛び交う国は、世界広しといえども日本だけだろう」

・「自らに手枷(かせ)足枷をはめれば平和がやってくるという不可思議な『戦後平和主義』の呪縛が、依然強いことがわかる。発言者の多くが、行使容認が日本のためになると信じている人々であるだけに、かえって深刻である。公明党を説得しなければ連立が崩れるという政治的現実ゆえに、こういった言葉が出てくる面はあるのだろう」

・「しかし、後ろ向きの言葉を多用するほど、議論は本来とるべき方策よりも、自衛隊の行動や安全保障政策を縛る方向へ流れる。国民もそれに慣れてしまう。せっかくの安全保障改革が中途半端になる弊害は大きい。どこまで集団的自衛権を行使するかは、なるべく制約を設けず、民主的に選ばれた政府と国会が、その都度事情を勘案して、柔軟に決めるようにした方がいい」

・「志方俊之帝京大教授は、4月10日付本紙の正論欄へ『サイバー戦勝利が抑止への道だ』を寄稿した。普通の国なら、志方氏のように『勝利』についてまず論じる。集団的自衛権の行使をめぐって、『勝利』するための議論はほとんど見られない。日本の政治家には国を守る強い意志、ガッツに相変わらず欠けると、諸外国はみなすのではないか。いくら安全保障法制の整備を進めても、意志が弱いとみなされれば、それだけ抑止力が減じて、危機の可能性が増す」

・「不倶(ふぐ)戴天の敵ソ連と対峙(たいじ)していた冷戦期の米国であれば、日本が集団的自衛権の行使を封印するような『仲間を守らない国』であっても、ソ連の攻撃から日本を防衛したであろう。今は事情が異なる。中国に対し、米国が断固たる姿勢をとり続けることは、決まっていない。オバマ大統領やヘーゲル国防長官は最近、中国側に日本防衛の義務を履行すると伝えたが、日本としては安心はできない」

・「中国の挑発に備えたり、中東からの海上交通路(シーレーン)の安全を確保するため、日本は、米国を『巻き込む』努力をしなければならなくなっている。集団的自衛権の行使容認は、その努力の重要な一環だ。自民党の石破茂幹事長は5日、民放テレビの番組で、『徹底したリアリズムに基づく外交安全保障』と書いたフリップボードを示しつつ、次のように語った」

・「『法律をきちんと作る。(自衛隊の)装備を整える。きちんとそれを運用する。そうでないと平和と安定は保てない』・・・さすがに石破氏はよく分かっている。いかにもその通りだが、政治家が国を守る決意をしっかりと示すことが前提条件である」

・「その第一歩は、抑制の利きすぎた言葉遣いを『世界の民主主義国の標準』に近づけることではないのか。(論説委員)」・・・

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