« さぁ、日本も内股膏薬外交だ! | トップページ | キャロリン日記だと思えば? »

メダル狂想曲

2014年03月08日
(メダル狂想曲)

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140307/oth14030722340022-n1.htm

・中々纏まった記事である。金か?銀か?銅か?に頭が走ってしまう我らも、今回は浅田真央の「失敗しても失敗しても立ち向かって行く」精神性の高さ、清らかさに心を洗われた。ロシアのマスコミは、「サムライ」という栄誉を贈っている。

・MSN産経ニュース・[スポーツ異聞]から、2020年東京五輪を迎える我ら日本人を戒める記事を以下。

・「【五輪後をどう生きるか 無冠の真央と沙羅が示したもの 『メダル狂想曲】を終えて】MSN産経ニュース・[スポーツ異聞] 2014.3.8 18:00

・「海外での五輪では史上最多の8個のメダルを獲得したソチ五輪。金メダルを期待されたものの、入賞という無念の結果に終わった失意の2人の日本人女子アスリートがたくましく『その後』を生きている。フィギュアスケートの浅田真央とジャンプ女子の高梨沙羅。悲願の『金』はかなわなかったが、日本人に五輪との向き合い方を示している」(解説:おいおい、上村愛子は?と思ったが、人妻だからいいか?)

・「■五輪後の『明と暗』・・・物議をかもした東京五輪・パラリンピック組織委員会会長を務める森喜朗元首相の『必ず転ぶ』発言。まだ23歳と若い浅田が受けた精神的な傷は本人にしか分からない」

・「しかし、怒りをあらわにするわけではなく、大人の対応で切り返した。『今は(発言を)後悔しているんじゃないですか』と優しい表情をたたえ、母親が諭すようにそう語った。彼女に再び笑顔が戻ったことで、ソチ五輪の終演に安堵した日本人も多かったのではないか」(解説:しっかしま、団体戦にまで切り札の真央ちゃん、ロシアはリプニツカヤを出したことは完全に作戦ミスだぞ!)

・「一方の高梨はソチ五輪後、休む間もなく海外のワールドカップ(W杯)に出発した。五輪後すぐのW杯で当然のように優勝し、2位以下に大差をつけて2季連続の総合優勝を決めた。ライバル勢がけがで戦線を離脱する中、高梨はけがと無縁だったことが快挙の下地になっているが、モチベーションの維持という点でも、一目も二目も置かねばならない17歳のアスリートといえるだろう」(解説:でも意地の悪い白人は、必ず沙羅ちゃんに不利になるよう、ルールを変えて来るだろうな?)

・「真央と沙羅のソチ五輪後を持ち出したのも、大舞台の後に必ずつきまとう『明と暗』があるからである。失意と絶望の中で競技人生を終えたアスリートがどんな人生を送ってきたのか。今も語り継がれているのが悲劇のランナー・円谷幸吉の『その後』である」(解説:円谷幸吉選手の悲劇は2月1日に投稿した。その一部を以下)

・「私よりたった2歳上というのも尾を引くこととなった。特にあの「遺書」は殆ど覚えているが、『日本で一番純で悲しい遺書』ではなかろうか?wikiの力を借りて、以下全文を。

--------------------------------------------------------------------------

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89

父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも
美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。
又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。
モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、
良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、
光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、
幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。

---------------------------------------------------------------------------

・「この、『父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒 お許し下さい』には繰り返し繰り返し、何回何十回泣かされたことであろうか。だから男子マラソン=円谷幸吉選手がオーバーラップして、私は生涯もう、男子マラソンはテレビ観戦出来なくなったのである」・・・

・さて、本論に戻ろう。「1964年東京五輪で銅メダルを獲得し、次のメキシコ五輪を控え、今度こそ世界の頂点への期待を背負った円谷は自ら『金メダル獲得』を宣言。しかし、東京五輪後は競技生活だけでなく私生活でも苦悩と挫折の日々が続き、自身2度目のメキシコ五輪を前に27歳という若さで自ら命を絶ったのである」

・「また、東京五輪で優勝したエチオピアの『裸足のランナー』アベベ・ビキラは36歳で出場したメキシコ五輪では途中棄権。晩年は不運続きだった。アスリートにとって、周囲の期待が過剰であればあるほど、期待に応えられなかったとき、その後をどう生きるかは困難なテーマになる」

・「■人知れぬ人生模様・・・東京新聞で長く、スポーツ取材を続ける佐藤次郎氏の著書『東京五輪1964』(文春新書)によれば、円谷の自殺は『日本のスポーツ史上、最も悲しい出来事』として記憶され、当時、円谷のライバルとされてきた『君原健二はそのメキシコで銀メダルに輝いた。アベベは自動車事故で下半身不随となり、41歳の若さで死去した。あの日、大声援の中で甲州街道をひた走ったランナーたちのその後は、振り返る者にふと茫漠(ぼうばく)たる思いを抱かせるような人生模様を描いている』と記している」(解説:名文である!)

・「メダル争いは夏冬問わず五輪に付きもので、度外視することはできない。歴史的にも国民を巻き込んで『メダル狂想曲』に興じるスポーツの祭典なのである。おそらく2020年東京五輪では史上最多のメダルが期待され、いずれ競技ごとに“星勘定”が始まることになるだろう。しかし、勝つことがすべてではない。今回、ソチ五輪でメダルを逃した2人の女性アスリートは、メダル争いとは一線を画した崇高なる精神性とスポーツの喜びを自ら示した」

・「■国のために走るな!・・・その2020年東京五輪で早くもメダルが期待されている短距離界のエース、桐生祥秀が人類史上最速のスプリンター、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)と対談する番組があった。あこがれの人に会った桐生は終始、緊張気味だったが、逆にボルトはリラックスした態度で若い桐生と向き合った。対談の最後に、ボルトは桐生の緊張を解きほぐすように伝えた『忠告』が実に印象的だった」

『国のためにやるのではない。自分のためにやるんだ。スポーツは楽しむためにある』

・「その至言は、すべての日本人アスリートだけでなく、観戦するわれわれにとって最も欠落している部分かもしれない。円谷の教訓を生かさねば、2020年に悲劇が起きないとも限らないのである」・・・

« さぁ、日本も内股膏薬外交だ! | トップページ | キャロリン日記だと思えば? »

スポーツ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: メダル狂想曲:

« さぁ、日本も内股膏薬外交だ! | トップページ | キャロリン日記だと思えば? »

最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ
フォト