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増える「Facebookやめた宣言」

2013年11月03日
(増える「Facebookやめた宣言」)

http://blogos.com/article/72896/

・私の「3がん4バトル闘病記」:【生還へのフォアボール】が、多くの友人知人・諸先輩のご支援で出版出来た2009年暮れは、このFacebookが日本で急拡大していた頃である。当然多くの方々にFacebookデビューを勧められたし、Facebook利用がアタリマエダのような空気感さえ有ったものだ。

・しっかしま、古来「君子の交わりは淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと醴(れい=甘酒)の如し」というではないか?

・ブロガーはハンドルネームで、或る意味「無責任な私見」をWEB上に主張出来るが、履歴書か身分証明書を提示するイメージのFacebookで、果たしてそれが出来るだろうか?と考え、私は「一円にもならない」ブロガーの道を選んだ。

・現に「商売屋さん」とか「顔を売る仕事の方」には大変強力なツールのようだが、そうではない、単に空気に乗って参加した方々は、「やめたい」「やめた」が多いようだ。甘きこと醴(れい=甘酒)のようなベタベタの付き合いに、皆さん疲れ始めておられるのだろ?BLOGOSのhttpから、〔企業インサイダー〕氏の投稿を以下。

・「【増える『Facebookやめた宣言』『リア充アピール』がうざい理由】BLOGOS:企業インサイダー 2013年11月03日 14:00」 

・「アウンコンサルティングの調査によると、日本のFacebook人口は2013年5月時点で約1380万人。25歳から64歳までの日本国民の4人に1人は、アカウントを持っている計算になる」

・「ところが13年1月には、前年9月からマイナス10.97%という大幅減少を示していた。1月から5月までは横ばいだが、かつての増加の勢いは影を潜めた。おそらく新しく始める人と、やめる人が拮抗しているのだろう」

・「■楽しい近況の共有が『劣等感』を刺激する・・・都内で勤務する会社員の女性(29)は、2年続けたFacebookをやめた。友人とコミュニケーションが取れなくなる不安はあったが、交流が切れる友人は『その程度の関係だった』と割りきってアカウントを消した。『大切な友人とは、今ではメールや電話、LINEを使って連絡し、実際に会うことを大事にしています。人間関係がすっきりしましたね』」(解説:人間関係がスッキリ=大事なこと!)

・「ブログやTwitterにも『Facebookめんどい』『いろいろとだるいからやめたい』といった書き込みが見られ、『私も!』と同意する意見もある。そんな人が増えている理由を、心理カウンセラーの山田耕治さんに聞いてみると・・・『本来楽しかったはずの他者とのつながりを止めたくなる理由には、Facebookが劣等感の刺激になっていることが考えられます』」

・「Facebookの機能のポイントは、日記のように日付をつけて出来事を書き込めること。それを他人が見ているページに挿入できるので、お互いの近況を確実に共有するには便利だが、他人から押し付けられたと感じることもある」

・「Twitterのように140字という制約もなく、思う存分書き込める。写真を掲載できる機能もあるので、『楽しかったこと』『嬉しかったこと』を他人と共有したい気持ちに火を点ける」

・「■他人のリア充アピールなんて『どうでもいい』・・・それ自体は悪いことではないが、行き過ぎるといわゆる『リア充アピール』につながりやすいのだ。特に悩みを抱えた人や、退屈な休日を過ごさざるをえない人には、それを目にすることは煩わしい」

・「最初は楽しんでいた人も、いつしか『他人が何食べてるとか何してるとか、どうでもいい』という心境になってしまうのである。それでもFacebookが、これまで大勢の人に広まっていたのは事実。この理由を山田さんはこう説明する」

・「『人は『リア充アピール』で自分の存在価値を証明しようとします。それを一方的に発信して価値を既成事実にできるうえ、『いいね!』という肯定的な反応によって承認してもらえるところが、爆発的に広まった要因だと思います』」

・「リア充アピールできない人も、有名人とつながりを持ち、書き込みに『いいね!』やコメント返しをし、『おっしゃる通りです!』『シェアさせていただきます!』と書くことで『リア充の仲間入り』をした気分になる。それがいつしか負担に感じ、疲れにつながってしまう。誰かに喜んでもらおう、応援したいと頑張ってコミュニケーションを取る人に、そうした傾向は強い」

・「■スルーしても『許される世界』にしておくことが大事・・・『元々は本当に『いいね!』と思って押していたのが、いつのまにか強迫観念になってしまい、『いいねしないと、あの人に嫌われるんじゃないか。存在が肯定されないんじゃないか』などと思ってしまうんです』」

・「そのうち、本当は自分が有名人でも何でもないことや、単なる支持者として利用されていることに気づき、行為が虚しく思えてくる。自分ひとりが『いいね!』を押さなくても、有名人は何ひとつ変わらない。実は『リア充アピール』する側にも劣等感があるので、周囲はそんなことに振り回される必要はないのだが」

・「山田さんはFacebookを過剰にチェックするのをやめるなど、友達と心理的に『くっつきすぎない』ことを勧める。自分には自分の使い方があり、他人とは違うことを恐れる必要はない」

・「『お互い適度にスルーできる関係は大事です。それが相互に許される世界にしておきましょう。信頼関係があれば、完全な双方向のコミュニケーションでなくともいいはずです』」・・・

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