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私事ながら、本日は私の父の祥月命日

2013年05月11日
(私事ながら、本日は私の父の祥月命日)

・今日は、1983年に88歳で逝った私の父(生まれは日清戦争戦勝の、明治28年である)の祥月命日である。逝って30年の彼方である。懐かしい父の思い出を、拙著:【生還へのフォアボール】の22Pと159Pから。

・「1・3:酒、たばこ、美食の果てに・・・私の酒は、日本酒から始まった。木製で、中が銅板(アカ)貼りの氷の冷蔵庫が、金持ちの家の象徴だったような昭和二十~三十年代、庶民である私の家に冷蔵庫など有ろう筈もなく、ビールは冷やさなければ呑めないため、今でいうシャンパンのような高級酒だった」

・「電話も普及していなかったから、遠来の客は玄関先に突然ヌッと現れ、『呉(くれ)(大日本帝国海軍・広島の軍港)でお世話になりました山上一等水兵であります! 織伊上等兵曹殿はご在宅でしょうか?!』などと大音声で名乗る」

・「『おう、おるぞ! 上がれ上がれ!』」奥から父の嬉しそうな声。母は来客に挨拶し、すり抜けるように八百屋篭(やおやかご)を片手に酒屋に走る。そうして冷えたビール(当時は大瓶)を二本だけ買って、息せき切って帰ってくる。このビールで来客と父は乾杯し、美味そうにチビチビと(現代のように決してガブ呑みなどしない!)平らげたあと、延々と燗(かん)のつけられた日本酒が酌み交わされて行くのである」

・「当時のならいとして、酒呑みの家には日本酒・一升瓶数本のストックは当然であり、私は、高校三年生の頃にはもういっぱしの酒豪であった。正月三が日、父・長兄・次兄と私の男四人で、日本酒を一斗(十升)平らげる『酒呑童子(しゅてんどうじ)の館』のような環境で、『鬼の末裔』である私は育って行ったのである」・・・

・「8・1・2:私四十一歳の本厄では父が・・・二〇〇二年は私の還暦・人生最大厄の年だから、『私の厄除けに、間違っても病床にある紋太センパイだけは連れて行かないでくれ』と、【閻魔の遣い】に日夜祈っていたものだ。何故なら私は、満四十一歳の男の本厄時に、私を愛育してくれ、最大の理解者であった父を計ったかのように喪っていたからだ。(もっとも享年・八十八だったから、『天寿全う』とも言えるだろうが・・)

・「人は弱いものである。宇宙飛行士が天(あま)駆ける現代社会に居ながらも、平安時代から伝わる陰陽道の厄年にも配慮して生きている。厄年は満で、男=二十四・四十一・六十歳、女=十八・三十二・三十六歳とされているが、最近では男女とも満六十歳を人生の最大厄と捉える向きも多く、信心の浅い私もそれを否定はしない・・」

・「話を、父を喪った『男の本厄時』に戻そう。1・3 酒、たばこ、美食の果てに・・・仕事先から夕方、C社G支店の席に戻ると、『お父さんが亡くなられたと、さっきお義姉さんから電話でした』と。胸がザワッと波立って震えたが、気丈に振舞って早退の届けを出し支店を出た」

・「永久(とわ)の眠りについた父の待つ家までは、支店からタクシーで二十分もあれば帰れるのだが、私は方向違いにタクシーを走らせていた。旗屋に海軍旗(旭日旗)の大判を買いに走っていたのだ」

・「右系組織が街宣車用に買い占めていて、三軒目でようやく海軍旗の大判を二枚手に入れた私は、父のもとに向った。タクシーの中で、自転車の荷台に乗せられた幼い私から、頼もしく大きく見えた父の背中を、懐かしく思い浮かべながら涙に暮れた」

・「遺影は父が一番輝いていた時であろう若き海軍上等兵曹(曹長)時代のものにし、棺(ひつぎ)は、買い求めた鮮やかな紅白の海軍旗で覆(おお)って送り出してやった。何の名誉職も務めなかった父だったが、兄二人の関連やC社とO社の縁(ゆかり)の方々の供花で、町内が埋まりそうな華やかな葬儀となり、『ハイカラ海軍さん』らしい旅立ちとなった」

・「そして買い求めたもう一枚の大判海軍旗は、中小企業丸を操舵する船長である私の机の背景に飾られ、父の分身として長らく私に声援を送ってくれることになる」・・・

・種田山頭火の、「たんぽぽちるやしきりにおもふ母の死のこと」ではないが、朝寝坊の私も流石に今日は早起きし、眠い頭で一日中「父の思い出」に浸っている。

・法事のセレモニーは、立派な兄二人が果たしてくれているはずだ。大阪風来坊の私は、「今日一日中父のことを思い」「あとでどこかで軽い陰膳を作って貰い、父と一緒に呑む」だけである。父上、本厄の私の身代わりとなってくださって、本当に有難うございました。(織伊友作のがん患者への応援歌にも同時掲載)

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